【謎の女神の信仰?】輪廻転生を描いた?ゴーギャン渾身の遺書作!!【タヒチ】
今回は、2度目のタヒチへ向かうところから始まるゴーギャン後編👨🎨🎉
またもタヒチに行き、彼はブレイクしたのか!?😳
遺書作として描いた絵とは?
そこに描かれた謎の女神って?
ゴーギャンの謎に五郎さんが迫ります!!🕵️♂️
「ハマるとヤバイ!ゴーギャン的男子」の動画を見ておくと
より楽しめますよ😌✨
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🥚ワダのプチ情報🐣
わたしは輪廻転生派で、今度生まれ変わったら
植物になりたいです🪴笑
🎈出演🎈 山田五郎
🖼画像引用🖼 ウィキメディア・コモンズ
🎨企画・編集・イラスト🎨 東阪企画
#ゴーギャン #2度目のタヒチ編 #果たしてブレイクできたのか
#我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか
#民俗信仰 #タヒチ #輪廻転生
#ゴッホ #ドガ #マネ #永劫回帰
#山田五郎 #美術解説 #女神の継承
Пікірлер: 105
🙇お詫びと訂正🙇 11:46 「第3帝政」と言ってしまったのは誤りで、正しくは「第2帝政」でした。ナポレオン「3世」とごっちゃになったのか、自分でも信じられない間違いで、お恥ずかしい限りです。「Bird Strange」様、ご指摘ありがとうございました🙏
「ダメになってから」のかつての友人たちの作品をオマージュしながら描いたと思しき作品群も、肩の力が抜けて静かな諦念も感じられ、味わい深いですね。
やべーやつとの怖い思い出すらもはや懐かしいと感じながら描いていたのかと思うと、ひまわりの絵はせつないなぁ。
ゴーギャンは死ぬ前にもパリに帰ろうとしたそうですが友人から「今帰ってきたらタヒチの謎の画家っていうブランドが無くなって台無しになる。絶対に帰ってくるな」って止められたんだとか。 「椅子の上のひまわり」を描いた時はタヒチにないひまわりの種をわざわざ取り寄せて育てたものを描いたそうですね。ゴーギャンはひまわりを「ゴッホの花」って呼んでました
ゴーギャンは我儘で、判断も間違え通しだった。ただそうやって窮地に追い込まれることで、「我々はどこから~」という大傑作を描くに至った。2度目のタヒチに行かなければ、社会的に成功し充実した人生があったかもしれませんが、反面これほどの傑作は描けなかったのではないかと思いました。
ゴッホの用意してくれた椅子ずっと持ち歩いてたの? 記憶で描いたとしてもゴッホファンも感動。
ポスト印象派と位置付けられるゴーギャンのタヒチ作品はとても好きなので、前後半共に、彼の人生に沿った作品がどういった理由で何故生まれたのかを理解出来た、とても学びになる五郎先生の解釈と解説でした。そして、結局美術史に大きな影響を残すアーティストは、人間的になんらかしらの問題があると再確認出来ました。
五郎さんの解説はいつもあたたかくて、愛が感じられます!ゴーギャンは今まであまり興味ない画家でしたが、今回の深い解説で、タイミング悪いけど実はとってもいい画家なのだ、ということが分かりました。今回もとても勉強になりました。ありがとうございます。
友人が自分の為に用意した椅子に、当の友人を象徴する向日葵、めちゃくちゃエモい?ってやつじゃない?ゴッホの一方通行かと思ってたけど、しっかり思いは届いてたね。
@nazarsislegalalienwithouttax
Жыл бұрын
毛色違えどやはり面倒臭い人同士通じ合う部分は通じあっていたんだなぁと自分も高ぶりました 笑 遅いよゴーギャン~とキラキラ瞳のゴッホが海岸線でゴーギャンを追っている画も浮かびつつww
@user-nyan_chi
5 ай бұрын
ゴッホに見せてあげたい😢同じ理想のひまわりを描いてるよって。
自分も多少なりともクリエイティブに関わる仕事をしてて、同類の友達と話してて思うけど クリエイターってどこかしんどい状況だったり苦しい精神状態にある方が、ひとに訴えかける作品がつくれるのではと思ってて、 ゴーギャンも二度目のタヒチに行かずフランスにいたままでは描けなかった作品があるんじゃないかなと考えさせられた Nevermoreの想いがあったからこそ描けた絵もあったのかな
後半の絵の方がタッチや色彩も優しくなり、本当に昔を懐かしんでいるという感じが伝わってきますね。 いつもタイミングが悪いけれども、それもまた人間味があり親近感を覚えます。
2009年に初めて『我々は何処から来たのか~』が東京に来た時に国立西洋美術館に行ったのを思い出しました。2度目のタヒチは散々でしたが、パリにいたらこの大作を描けなかったと思うと、画家としての運命だったんでしょうか。
秋の夜長。毎晩寝る前に、拝見しています。今まで絵画とは無縁に生きてきました。五郎さんとユーチューブがあることに感謝です。
ゴーギャンもゴッホよりコミュ力はあるとはいえ苦悩な人生を送っていると知り感慨深いです🎨あの生命力ある独特でエキゾチックな色彩や笑ってない女性の裏を読んでしまいます🌻
死の前に昔思い出してそれを絵にして残せるのって画家の良いとこだなぁ。なんかステキだねぇ〜
この作品を観る者、感じる者が居る限りゴーギャンは死なない その心の中で何度でも生き続ける 人は死ぬものではないですよね
やっぱり印象派の画家回は面白い 一度やった画家もこうやって作品ごとに取り上げて欲しい
五郎さんのタイミングの悪い男❗️というのが刷り込まれました😅 でも美術史に残る影響を後世に与えてたのはスゴいですね🌟
ポー『大鴉』日夏耿之介先生の名前を久々に聞きましたね・・さすが五郎さん。
タヒチの14歳が好きなんだな・・・・ ゴーギャンとドガの馬の絵好きです できればドガの動物の絵画特集して欲しい
3:30 ワダさん同世代なのでわかります、名探偵コナンで知ったでしょ!笑
タイミングの悪い所、判断を間違え続ける所にかえって人間味を感じます。 ゴーギャンの絵が親しみやすくなりました。 ありがとうございました😊
まってましたっ!ゴーギャン❗
この人も、愛すべきオモシロおじさんでした。
ゴーギャンの画面構成力が素晴らしすぎる
パリ生まれだが幼少期はペルーでも生活し、7歳でフランスに戻りカトリック系の学校に。10代の頃は船乗り、20~30代には株式仲買人。その間2年の兵役も勤めている。趣味の絵画を本格的に生業としてからも生活のためにデンマークに転居したりフランス領内の各地を巡って生活している。こうした多彩な人生経験の影響が彼の残した絵の随所に見られます。貧困生活も長く、現代人に比べれば短い人生でしたが、多くを見、感動し、描いた。傍から見れば羨ましいほど充実した人生だったと思います。
最後に、昔を懐かしみ、ゴッホの事も許してくれたのですね、、、 涙が出ました。
ゴッホの花、いうコメントを見ました。皆さん素敵な知識をお持ちですね。ひまわりと椅子の絵をゴッホは見たかったことでしょうね
ゴッホのとこに行っちゃうような人はゴッホののとこに行っちゃうような選択しまくってんすねw
never more、何年か前に東京で観ました。圧倒的な存在感でよく覚えています。
今日もありがとうございました
ポーの詩は漫画で知ったのですが「大鴉はいらえた、もう二度と、またとない」悲しくも力強い不思議なフレーズで、片隅におぼえていました。 まさかこの動画で聞くとは… 画家の方は波乱の人生を送られる方が多いですね。死してのちに評価されるのを見ると、しょうがない事ですが、もどかしい気持ちになります。 「私は私から生まれ私は私になった。そしてどこにも行かない」好きな小説のフレーズです。揺るがないものがあるから、後に残っていくのでしょうね。 ありがとうございました。
ゴーギャンの人生、初めて知りました…個人の人生としては、落ち着かない浮き沈みの多いものだったのでしょうが、画家として後世に与えた影響は甚大だったんですね。 五郎さんの解説をうかがうと、所謂絵画の評価って本当に時代と共に変わることが多く、でもそこに込めた芸術家の魂や思いは、何年経ってもずっと私達に伝わるものなんだなぁって感じます。 できればそんな不安定な世界に生涯をかけた画家達が、不遇なまま一生を終えることが無きように、と祈って止みません🥹
南の島繋がりでいつか田中一村をテーマにしていただきたいです。
五郎さん、先回と今回ゴーギャンのお話ありがとうございました。ゴーギャンの色はtertiary colourで、私の好きな色彩です。私自身で描いても最終的にこんな色彩に落ち着くきます。五郎さんのお話は、私にゴーギャンの人生を踏み込んだ作品たちを改めて見直す機会を作ってくれました。
南国でハッチャけるヤバいロリコンおじさんだと思っててすまん……
The Alan Parsons Projectによる「The Raven」という曲があります。リードボーカルはLeonard Whitingです。Leonardは、フランコ・ゼフィレッリの「ロミオとジュリエット」のロミオです。
ゴーギャンが人生でタイミングをことごとく逃して貧乏くじばっかり引いていたようなまとめになっていますが 私は全く違う印象を受けました。確かに生きてるうちに大成功はしなかったもののとても充実した人生だったんじゃないでしょうか。 彼は世界を旅し株屋から芸術家に転身しそして南国に移住したりと、とても常人では理解し難い人生を送っていて 安定した社会で普通に生活してる人には想像も出来ないくらい見聞も知識も豊富だったはずです。 パリで大成功したもののわりと平凡な人生だったドガ先生も自由気ままに生きるゴーギャンを うらやましく思ってたんじゃないでしょうか。 もちろん幼な妻を娶ったという事も含めて。
月と六ペンスを読んで、ゴーギャンに興味を持ちました。お話ありがとうございます。その境遇に泣けますわ。
ゴーキャンの自由な色彩表現が好きです。ゴーギャンって愛するモノが沢山あるのに、病気と極貧の中で制作を続けて最後はほとんど友人もなく孤独のうちに生涯を閉じる。波乱万丈の人生を送った画家だったんですね。ともあれ苦しい状況でも自身の芸術を貫き通して新しい様式を確立して後世に多大な影響を残した偉大な画家であることに違いないですね。
類まれなる才能を持ちながら、ゴーギャンってもしかしたら自分の才能を信じてなかったのではないかなって思いました。とにかく、忍耐が足りない、 すぐに逃げたがる、そういうところがなければ、わずか54歳でこの世を去る事はなかったのではないかなって思いました。でも、自分もちょっとア ートな作品と作ったりするのでわかりますが、芸術家ってある種の鬱屈を抱えていた方が、良い作品を生み出せたりする事が多いのですよね。死して 尚、作品はみんなに愛され続けているのを、天にいるゴーギャンに知っていて貰いたいなって思いました。
長文失礼致します。 表現者が懐古主義に傾倒したら終わりだと一般論では言われがちですが。(過去に耽溺するかのように)実際、現在だけを表現したものは存在するのでしょうか。極論、過去現在未来という時間軸も基軸を変えて見れば1つのレンズの中に連なる像のようなものだという気がします。晩年のゴーガンの作品群も表現における諦観というよりもそうした世界の達観だと私は信じたいです。 それでも不器用にしか生きられない。こうした人間を愛しく思える社会があれば、多くの名作は失われるでしょうが、世界は一時は個々の幸福で満たされるのかもしれません。 線上に展開するキリスト教義と異なり輪廻を加味した"我々は~"のような作品は、可能ならばびよーんと丸めて中に立って見たくなりますね😁こうした画題も直線的平面で描かれ続ける美術的意義があるならば知りたいです。(またそうでない作品なども)逆に曲面を伴った現地の壺絵や死生観に興味が湧きました。
「エドガー・アラン・ポー←江戸川乱歩?byワダさん」っていうやりとり、2回目じゃありませんか?デジャヴュ感…
ドガ先輩も相当だけど、ゴーガンも負けず劣らずだなぁ。やっぱゲージツ家らしい。
五郎さんは淡々と語ってくれていますが、人間として家庭人としては破綻者ですね 芸術家はそうでなくては芸術を生み出せないのかしら 洋の東西を問わず例を挙げればきりが無い程です 今度、謹厳実直で聖人君子の芸術家を紹介してください 果たして 面白いのか 面白くないのか・・・😁
ドガはへんなおじさんでもあったけど、友人には結構親切なひとだったんですね。自分と反対で、ヨメさん4人も娶るし。
聞いてる限りだと美術活動を除けばロリコンの変態なのかもしれない
ゴーギャンの作品への浮世絵の影響ってどの辺にあるのでしょうか?北斎漫画ぐらいなんですか?ぜひ解説していただけたら嬉しいです☺
ゴーギャンもなかなか辛い人生だったんですね。
残念な意味での“rolling stone”ですよね。 株屋さんだったことも、悪い方向に、はたらいちゃったのかなぁ? 損切り癖? 自分の作品も、家族も、友人も、あっさりと切り捨ててしまう……。 それが、廻りまわってゴーギャン自身にかえってきてしまったように思います。 ただ、ゴーギャンの死後、最終的に、この大作は評価されているわけで、タイミングって本当に難しいですよね。 生配信、楽しみにしてます。 一方で、暑い日が続いています。スタッフさんたちも含めて、ご無理のないよう、くれぐれもご自愛くださいね。
14歳好きすぎかよw
ゴーガンやっぱりエリック・クラプトンに似てる気がする
@nazarsislegalalienwithouttax
Жыл бұрын
眼鏡の自画像似てますが、写真など他の資料を見ると全然違いますよ😁
@skfour6401
Жыл бұрын
@@nazarsislegalalienwithouttax ここに出てる眼鏡の自画像を見ての感想で、他の資料の話はしてません エリック・クラプトンも武道館の時の印象(多分2001年、特定できなかったので記述はしてませんが)で年代によって全然似てないものもある(言い出したらそれこそヤードバーズやクリーム時代)ので全て似てるとは言ってません、論理の飛躍はしないでね あなたも「眼鏡の自画像は似てます」と認めてますよねw
ゴーガンの判断がいちいち外れている。今の私達の判断は合っているのだろうか?先のことなどわかりようもない。そう思うのです。
ゴーギャンにしろゴッホにしろ、亡くなってからその作品が評価されるっていう事例は、画家の世界では結構頻繁にある事なのでしょうか? 子供のころ、テレビで放映された1950年代ころの白黒映画(たぶんフランス映画?)に、画家の生涯を描いたものがありました。 その物語では、貧乏な画家が主人公で、最後は、その画家が居酒屋かどこか町の中で息を引き取るのですが、それをある画商が陰でじっと見ていて、その画家の死を確認した後に、その足で画家の自宅に行き、画家が描いた作品を全て買い取るのです。そこには、画家の妻がて、その妻はまだ、その画家の死を知りません。その妻は、作品を買ってくれた画商に感謝して「主人が帰ってきたら、きっと喜ぶことでしょう」と言うのです。 その画商は、安くですべての作品を買い取ったのです。 その画商は、ほんの今しがた死んだ画家の才能をいち早き見抜き、その画家の作品が、これから世間で高く評価されることを見抜いていたのです。 そして、画家の妻にはその画家が死んだことを知らせず、すべての作品を安くで買い取ったのでした。 冷酷なその画商の行動に、当時子供だった私は、ある意味画家の人生の厳しさと悲しさを感じ取った次第でした。 この映画が、なんという題名かも知りません。もし可能なら、是非、お教えください。
ドガの競馬場の絵って、今年やった印象派光の系譜展にあったような... 見覚えのある絵が出てくるとちょっと嬉しいw
空気読めてタイミングの良い世渡り上手だったら、タヒチ行きもなかったろうし、少なくともここまで人を惹きつけ後世に残るような画家にはなってないだろな
このチャンネルで画家の背景を知るほどに、でもロリコンキモいわ。って何回思っただろう。
タイミングが悪くて、チャンスを逃す男再び。 最期はなんだかシンミリしちゃいましたね。大作仕上げて燃え尽きて、昔を懐かしむ。そんなキャラじゃなかったのに。 私事ですが、仕事の都合で生配信最初から視聴出来ないことに、いま呆然としています。楽しみだったのに...🥲
クロワゾニズムのことを知り、ゴーギャンの絵の奥深さを再評価できたが、ゴーギャンの人生も思っていたよりハチャメチャなことも再認識出来た。取り上げられたあのバカでかい、長い題名の絵、なぜか仏教画を感じてしまっていたが、その理由がよく理解出来た。
日本画もぜひやっていただきたいです!
でた!ヴォラール。この人すごい。気になる、気になる。
15:51 俺たちのドガの競馬の絵じゃねーかってスグわかったw ゴーギャン作品はともかく本人はド◯◯(好きなの入れてください)なのですが…w まぁ、やりたいように生きてきた結果なんで、本人は納得してるのかもですな
『われわれは~』にそういう意味があるとは初めて知りました。 石田徹也は「幸せだと絵が描けない」と言って彼女と別れたそうですが、ゴーギャンもそうだったかもしれません。金・地位・名誉・幸せな家庭を持ってしまったら作品を描くモチベーションは生まれなかったかもしれません。
あんのうじょう……ゴッホとは違った困った人😆 ゴーギャンは異国情緒に魅せられてタヒチへ行ったのではなく物価が安かったからというのを知ったのと、現地女性の裸体を多く描いていたので印象が悪かったのですが、渾身の遺作や回顧作品は心に響くものがありました。
もうヴォラール自分で絵を描けばよかったのでは
どうも まったく 関係ないかもしれませんが エンディングの テーマ音楽 なのですが「意図はないけど 六角形」と聞こえるのですが いかがでしょうか?
裏に挟まっては謎の縁組を盗み取ろうと必死になって部下と部下の父親をコミント役として町に出回らせている人の行く末のパターンの一つですか。超兄貴は3軍とも北米でビジネスパートナー探す旅に出るらしいですよ。そこに北米版超兄貴が迎え撃つらしいんですよね。シニアコンサル・・・。 なんか知らないですが、こちらも謎の技の篩を掛けられるらしいんですがね。パーリーピーポー警報が鳴っているんですよね。 ゴーギャンの絵を展覧会で見るたびにこの人援交の人っぽいから危ないので避けて通ろうって思うんですけど; 彼の心理にはミイラの伝説(消えていった王家の血の末裔)とヴォードレーヌの惡の華伝説の信じ込みが掛かっているんですかね。 反魂香の落語も掛かってるんですか。 だから、国家公務員要職要員、プリンセス妄想が深く、どこか最終盤で間違えて要職キャリアから外れて、そこから再戦しようと必死こいてゆくようになると、この流れなんですかね。 そういうのもあるのでプリンセス妄想避けて回るんですよね。
昔はあまり好きじゃなかったけどここ数年でゴーギャン作品の魅力に気づきました 本人はというと周りにたかりまくるし友人の考えた技法パクる?し現地妻作りまくるうえ少女ばかりでドン引きだしでろくな奴じゃないなという感じですがw 晩年の過去を懐かしむ作品たちに切なさを感じます
ゴーギャンはゴッホよりも世渡り上手なイメージだったんですよ。 センスも良いし、計算できているタイプだと思っていましたが いつの世も、画家で生きるをセレクトする人は なるべくしてなると言うか 集団行動不適合者枠の方なんでしょうね。 平ったく言うと空気読めないことで全速力で崖から転落! って感じで 思うに 今よりも寿命が短い時代でもあるから 現代人よりもはるかに短期で客観性のない人間がアベレージだったかもな そう思いました。 ともあれ ゴーギャンの絵は好きです。 色も構図も良いですね。
自宅に飾れるサイズという商品としての利便性も、一般販売する以上考えるべきという、、
居場所を求めて引っ越す画家は多かったと思うのですが、日本の巻物や水彩画と違って、キャンバスや油彩の道具はものすごくかさばると思うのですが、自身で運んだんでしょうか?それとも郵送したりできたんでしょうか?
11:46ごろ ゴーギャンの父・共和派の新聞記者 × 第三帝政 → ◎ 第二帝政(〜1870) ゴーギャンが活躍している頃が、第三共和政です。
@user-wd5jh3ou7t
Жыл бұрын
本当だ! とんでもない間違いで、お恥ずかしい限りです。早速、お詫びと訂正を出させていただきます。ご指摘、ありがとうございました。
輪廻転生の苦痛からは、悟りを開くことによって解脱することができるけど、ゴーギャンは果たして? なんか、クールべ先輩のタイミングの良さと対照的だなあ。どっちもフォロワー(違う意味の)を生み出したんだけどね。
絶望に到達した者しか見えない境地。それが芸術ってものなのかしら?
作品自体は好きじゃないですけど人生譚は面白いですね。自分から破綻してくので可哀相ともあまり思えぬ。
自画像は亡くなった年に描いたものなんだね
タイミング外しの才能も、やはり天才の条件。 人生破綻者に引かれるのは、この世を厭う宗教感覚かな?ポー、ランボー、アポリネール、 皆好き。Never more! Never again! 「Never say never again!」
渾身の作品が評価されず、どうでも良いやつが評価されちゃう…。創作活動してる人間なら多かれ少なかれあることですよね。 それで、本気の作品理解してくれないくせにすごいアーティストだとかと褒められても、複雑どころか嬉しくないってのも、よくわかります。
なんだよ!ゴーガン、、嫌いだったのに、、ゴッホの耳👂切り落として、、嫌いだったのに、、最期は切ないじゃないか、、だいたいお前は我慢が足りないんだよ、、ちくしょう、俺も我慢が足りなくて、しくじってばかりなんだよ、、もし何処かで生まれ変わったら、もう少しは我慢しろよ。俺もそうするゎ。
挿絵は木炭かな?
ゴーギャンはロリだったのというのが分かった。 普通に絵だけ描いてれば良かったのだろうけど、変にインテリ気質が邪魔だったんだなあと。
ゴッホといいゴーギャンといいメンヘラやねぇ…
わし!ゴーギャンは木版画の方が好きや!
ゴーギャン1、2と今回の3を途中までみたところでお腹いっぱいになってしまった。続きは明日‥ クズ男投票したらこの人結構上位にランクインするんじゃないですかね?囲ったのが全員10代とか‥。でも奥さんは普通だから真正ロ○コンというわけではないのかな。
しぬしぬ言って陰気臭いから現地妻に捨てられたのかなあ。
14歳とばっかり結婚してるのきもてぃわるいと思ってまう‥ 時代とか文化、場所柄もあるんだろうけど‥
19世紀末のタヒチを「原始」「原始」というのは、違和感を感じます。
@user-yq3bh3nb1t
Жыл бұрын
これはゴーギャン本人が「原始」といっているのだから仕方ありません。 彼にとっては19世紀末のタヒチこそが「原始」のインスピレーションだったのでしょう。 「ノアノア」ではタヒチ人を「野蛮」とも言っています。しかしこれらの言葉でタヒチを侮蔑する意図はなく、絵画からも文章からも原始への憧れというかフランス本土にはないグッとくる何かを表現するつもりだったのは間違いないと思います。
昔を懐かしむ様になったら終わり。 同じことを繰り返すくらいなら死んでしまえと岡本太郎も言っている。 輪廻転生するくらいなら地獄に落ちろとダンテも言っている。言ってない?
遺書作ではなくて、遺作では…?
@caseofficer
Жыл бұрын
「遺作」とは、作者がそれを最後の作品にしようと思ったか否かに関係なく、生前に最後に描かれた未発表の作品のことをと言い、一方「遺書」は、実際にその後死んだかどうかに関係なく、死を覚悟した人が残す文章のことを言うので、「我々はどこから~」は、遺作ではなく遺書作で正しいと思います。
結局さー、評論する人って、、感じじゃん。(笑)