ハイパー乱開発と老後移住【茨城・大洋村別荘開発小史】

関東随一の荒廃別荘地として悪名高くなってしまった茨城・旧大洋村における別荘開発の歩みと現状を解説します。
【告知】
2024年1月21日に千葉県多古町でトークイベントに参加します。
「たこふり」
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開催地:
多古町コミュニティプラザ文化ホール(ホワイエ)
千葉県香取郡多古町多古2855
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『限界ニュータウン(仮) 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス刊)
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Пікірлер: 539

  • @munesanpo
    @munesanpo6 ай бұрын

    大洋村、うちの親がメイキングから買って小学校から社会人になった頃までかなりよく行きました。 千葉から車で2時間くらいだったので本当に週末よく行きました。父親が建築の自営だったので仲間達と平家の建物に2階部分を手作りしたりと当時は父親の仲間もかなり皆さん購入されてみんな自慢の別荘だったんだろうなって今思います。 夏の大洋海水浴場は別荘客で超盛り上がってました。 その後20年くらい前に親戚に売却しまして父も亡くなりましたが40年振りにあの頃を思い出しました。 51号線沿いに沢山の開発業者がモデルルームを展示していて子供の頃それを見るのが大好きでした。 噂の龍宮城も歩いてすぐの所だったのでよく行きました。 お水が流れてる滝と話をしてくれるおじいさんよく覚えてます。 私の親が買ったのが1982年位ですので最初の頃は全然別荘も無くて初期の頃だと思いますが、その後信じられない森の中や畑のど真ん中まで別荘が乱立して全盛期を迎えたと思います。 小学校の友達も一緒によく泊まりに行ってたし、友達の親も買ったりして私の周辺ではとても流行ってました。 そして建物はボロくてヤバかったです。 冬は水道管がかなりの確率で破裂してました笑 ただ父親の感覚だとあくまでもDIYのベースと言う感覚だったと思います。増築に増築を重ねて最後は原型をとどめてませんでした笑 40年振りにすごい思い出しましたw 多分親戚の手に渡った別荘まだあると思うので今度見に行ってみようかなと思いました。 素晴らしい動画をありがとうございました!

  • @user-ub3ls7yw7b

    @user-ub3ls7yw7b

    5 ай бұрын

    竜宮城 って 心霊スポットになっているけどね! 鉾田市役所では固定資税どうやって徴収しているのかな?

  • @user-hk9dq3ct9w

    @user-hk9dq3ct9w

    4 ай бұрын

    私も昔メイキングで土地を買って家を建て何年間か住んでました。

  • @user-wn8wu9hx9f

    @user-wn8wu9hx9f

    2 ай бұрын

    ​@@user-ub3ls7yw7b😅

  • @edokousirou

    @edokousirou

    2 ай бұрын

    @@user-hk9dq3ct9w その時のお話を聞かせてくだされば幸いでございます。

  • @LoveLove-sm5ex
    @LoveLove-sm5ex7 ай бұрын

    いやはや 当時のテレビCMまで入手されるとは・・・。 取材力の凄さに頭が下がります。

  • @user-gx7mv6et5x
    @user-gx7mv6et5x7 ай бұрын

    自分のお婆ちゃんが大洋村の物件を買って夏を楽しませてくれました 谷地だったので台風で浸水したり泥棒に入られたり、着いた初日の雑草むしりも大変でした(浸水の件で他の物件に追金し移りました、映像の大洋駅の傍です) この動画を見て振り返りましたが、最初の物件は本当に簡単な建物で駅の方は幾分しっかりした建物となっておりました 一人で鉄道の旅を覚えたり(古い方の気動車はドアが手動開きでした)、トンボやクワガタを捕まえたり、花火をしたり、海の帰り道に農家の方からとても美味しい夏野菜を頂いたり、楽しい思い出も沢山残っています 思い出補正付きですが、スイートコーンはここで食べたのが一番!

  • @bobtail0307
    @bobtail03077 ай бұрын

    祖父が別荘を2軒持っていました。1軒目は2軒目が出来たらほぼ行くことがなくなりましたし、どちらも何度か泥棒に入られていましたね。 亡くなった後、1軒目は叔父が、2軒目は親父が相続しましたが親父はさっさと手放したいと思うも祖母が存命だったため亡くなるまで待って手放しました。 何年か前に1軒目の別荘に行ってみましたが、動画の別荘よりも朽ち果てていました。 幼心に、週末にしか行かない家に金掛けるなら住んでる家(ボロ家でした)直したらいいのに、行くたびに掃除に始まって疲れてご飯作って食べて掃除して帰るなら、どこか旅館かホテルへ旅行へ行った方が美味しいものを食べられていいのに、と思っていましたね。 親父も同じように思っていたようです。 万が一、宝くじの1等前後賞が当たっても絶対に別荘の類は買いませんね。

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    海辺の別荘の泥棒被害。セドリおわってから厚かましくも上陸かましてきた北鮮のスパイという失業者どもの仕業です。

  • @user-lx8bs9kh4l
    @user-lx8bs9kh4l7 ай бұрын

    日独伊、食糧豊富のパワーワードに一発屋の開発業者と、随所に笑いを入れてくれるので飽きずに見続けられます。これでも手持ちネタの少ししか使用していないとなると大洋村恐るべしです

  • @Reohne-broadcast

    @Reohne-broadcast

    7 ай бұрын

    そして、ある意味本当に孤立してしまうという……

  • @pount1313

    @pount1313

    7 ай бұрын

    マグマハウスの勢いは好き

  • @xapaga1

    @xapaga1

    7 ай бұрын

    @@pount1313  13:18 マグマハウスの前にはフォークランドと来た。アルゼンチン軍に攻め込まれてマルビナスと改名されそうな名前だ。13:28 ユートピア=「どこにもない土地」も凄いが。

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    5 ай бұрын

    桐島聡の上の世代の、滝田修世代のインテリさんの大センス。全共闘の落ち武者のウルトラ言語センスにただただ平伏。

  • @-riesan
    @-riesan6 ай бұрын

    うちの父が定年後に大洋村の別荘買っていました。 ここでのんびり釣りでもして過ごすつもりだったようですが 庭や床下から果てしなく笹が生えてきて草刈りだけで疲れてしまって数年で行くのをやめてしまったそうです。 亡くなる前に別荘があることを伝えられ、処分して欲しいと言われ見に行きましたが リゾート感は全くなく、海までも微妙に距離があり、買い物も不便だし、周りも廃墟だらけで 何でこんなとこ買ったんだろうと呆れるだけでした。 売るに売れず、整地したらマイナスにしかならない負の遺産。 すみません、多分うちも放置しています。 ただ原発のせいで税金は安かったと思います。

  • @mshrmrya9180
    @mshrmrya91807 ай бұрын

    35年前の話ですが、高校からの友人の親御さんがこの大洋村に別荘を持っているというので、大学生になり免許を取得してからその友人ら数人でその別荘に泊まって海に遊びに行きましたわ。東関道が潮来まで開通していたのでそこまでは楽でしたがそこからが下道を1時間以上走り、夜も近所にコンビニなどなく20分かけて買い出しに行った思い出が・・。その親御さんの別荘は紹介されていたような安普請ではなかったですが、友人曰く将来親が老後をここでのんびり過ごすために買ったと話していたのを覚えています。2回くらい遊びに行きましたが、今はどうなっているのか、その親御さんも老後を過ごしたのか、この動画を観てふと思いました。続編も楽しみにしています。

  • @user-ej7jp3bg1z

    @user-ej7jp3bg1z

    2 ай бұрын

    老後はそこそこ栄えている町の静かなところがいいような気がしてきました。

  • @TEST-rq8ys
    @TEST-rq8ys7 ай бұрын

    当時のテレビCMだけでも極めて貴重で探すの大変だと思います。情報収集、アウトプット、全てにおいて教育テレビで放送できるクオリティ。素晴らしい。寄付したい。

  • @kurorock4087
    @kurorock40877 ай бұрын

    以前、太洋村をリクエストした者です。ありがとうございます。茨城県では在りませんが太洋村を開発した業者が作った別荘を持っています。そこは利便が良いのでリタイアした後の終の住処にしている人も多いですね。業者が倒産して管理する人がいなくなりましたが移住して来た人が自治会を作り管理してくれているので助かっています。 吉川さんが持っていた平屋の建売は本当に安く造って有り夏暑く冬寒い仕様になっています。 太洋村を開発した業者の続きを期待しています。

  • @iseebi_and_zarigani
    @iseebi_and_zarigani3 ай бұрын

    鉾田市在住です。芸人カミナリの故郷です。 私は7年前に移住したのですが、畑が多く風が強いので土埃が凄いのと、堆肥の臭いがキツイ&蝿が超多いです。 そんな環境で良ければ是非住んで下さい😊 それでも良ければ

  • @mania3bb
    @mania3bb7 ай бұрын

    5:20 国際的に孤立しそうなキャッチコピーで思わず爆笑してしまいました(w

  • @user-cy8dc3ln9n
    @user-cy8dc3ln9n7 ай бұрын

    いつも誠実な話し方に感心しております。これからも楽しみにしております。

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    きれいな東京語の金属的な深い声がいいですね。巨人の星の一徹父ちゃんや、マグマ大使のゴアの声を充てられた加藤清三さんを彷彿とさせます。背の高い立派な体格のお人らしい。

  • @zarakuopuchimasu6795
    @zarakuopuchimasu67957 ай бұрын

    私は中部圏住まいですが、父親が別荘地を何箇所も所有してしまい、しかも抵当に入ってたりと、相続のときにさんざん苦労しました。山でなくて良かったですが、本当に面倒以外の言葉が無かったです。

  • @ku828
    @ku8287 ай бұрын

    明るく開けた別荘地が、45年の月日を経て森になっている様子は、人間の短い人生において懸命に生産と消費という名の現代人類の生物活動とそのスケールが、対する自然が持つ時間軸のスケールに明確に圧倒され、人間の儚さを感じられるという意味で、美しい映像のように感じました。

  • @user-nc4vz7or6v
    @user-nc4vz7or6v7 ай бұрын

    当時の広告を視てきた者としてこの取材は大変有益で且つ衝撃的でした良質な 内容でまた視てみたいのでお時間が在れば引き続き動画を配信して下さい。

  • @flake111
    @flake1117 ай бұрын

    別荘地問題は「ノスタルジー」や「エモい」と言った言葉では片付けられない現状ですね。ですが私はまったくこの時代を知らない世代の1人ですが、惹かれるものがあります。バブルの国民の浮かれた雰囲気とそこに漬け込む商売と負の遺産、吉川さんの取材力と言葉、そして動画にいつも感動しています。 本の出版もおめでとうございます! ぜひ買わせていただきます☺️

  • @samab7096
    @samab70967 ай бұрын

    鉾田市のまさに比較的ましな中古住宅に数年前に越してきた者で厳しい冬の寒さに耐えながらそれなりに暮らしています。 動画内に出てくる廃屋のいくつかはあちこちランニングしているので見たことはありますし隣の家は廃墟です。 確かに近隣は高齢者ばかりですが安さゆえ中国、タイ、ベトナム人の移住者も増えてきています。 犬の放し飼いと不法投棄が多く色々な意味で独自の文化圏を形成しているカオスな鉾田を取り上げていただき何だか嬉しいですね。

  • @urbansprawl-zero

    @urbansprawl-zero

    7 ай бұрын

    千葉ともまた全然違う不動産事情で、調べこむとものすごく面白いんです。資料が豊富にあるのも魅力です。技能実習生らしき青年をよく見ますね。

  • @NaNa-wp1ep

    @NaNa-wp1ep

    7 ай бұрын

    @@urbansprawl-zero そんな海外からの移住者も含め、現地の方々の暮らしぶりのルポも見てみたいです。

  • @user-nr8cv5ik9c

    @user-nr8cv5ik9c

    6 ай бұрын

    お〜 同じ鉾田市ですねぇ どこに行くにも遠いですよね

  • @teddieintaito981
    @teddieintaito9817 ай бұрын

    ただでこんな良質な内容が観れるのがありがたいです。

  • @komucchi
    @komucchi7 ай бұрын

    当時のCMとか広告とかすごい。 どこから探してくるんだろうか。 すごすぎます。

  • @user-eo6fi6pe5n
    @user-eo6fi6pe5n7 ай бұрын

    取材、お疲れ様です。 茨城県民です。旧大洋村の別荘地の惨状は聞いてはいましたが、動画で見るとかなり凄いものであったことが改めて分りました。

  • @user-rf6cq9vo4l
    @user-rf6cq9vo4l7 ай бұрын

    小学校時代の同級生の親が大洋村に家を買って当地に転校していきました。後に自分の親から聞いたのが持ち家と広い庭がそれなりの値段で手に入り、子供を自然環境のいいところで育てたいという理由からでした。 もう一つ聞いたのは同級生の父親は東京に職場がある普通のサラリーマンで大洋村から東京まで通ったということです。いったい何時に出てどの交通手段で何時間かけて行ったのか、逆に帰りは定時でも何時に帰れたか、若いうちならともかく一定の年齢になると長距離の通勤は体力的精神的にきつい中、あるいは老齢に差し掛かる自分の両親と同じ世代だと思う同級生の両親が果たしてここに住み続けているのかなど、この動画を見て久々にその同級生一家のことを思い出しました。

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    遠くに越してゆく日は、悲しいくらいのくれないの空だったという歌が昔ありました。  4年生の時に、わたくしの小児ぜんそく治療の両親の計らいで、北関東の山中の親類のキコリ(林業)に里子にまいりました。11月になったら谷一面の雪、谷間の分校にスキーで通いました。夏になると谷川にいってヤスでヤマメとか捕まえました。ショック療法なのか2.3年ですっかり治って、モヤシっ子だったのが、ヘッドスキンまで真っ黒に日焼けした丈夫な中学生になってました。やがて親のうちに戻りましたが、両親兄弟の東京語が速くて聴き取れなくなっててあせりました。いらいずっと都会に住んでますが、65も過ぎた今でも東京弁が苦手です。9から12歳くらいのしゃべり言葉の完成期に田舎に住まうとそうなるらしい。

  • @user-cg7hw1yf8k

    @user-cg7hw1yf8k

    7 ай бұрын

    ​@@saikousikikan高度成長期の公害が酷かった時期は、四日市喘息にとどまらず小児喘息が多かった記憶があります。まだ都心に工場が多く、ディーゼルエンジン規制もなく、ごみ処理施設からのばい煙にも火がついたままの紙の灰が混じっているような時代でした。それらも別荘ブームを後押ししたかと。 戦前にその9~12歳に東京に奉公に出された世代は年季が明けて田舎に戻って暮らしていても女性はちゃきちゃきの下町言葉、男性はべらんめえ口調がいらして粋で感心します。

  • @raigo045
    @raigo0457 ай бұрын

    昔、親に大洋村の別荘を買って欲しいと言った事がある。ホテルに泊まった方がいいと言われたが今、考えると真っ当な回答だったと思う。

  • @user-zt7zk5df3c

    @user-zt7zk5df3c

    6 ай бұрын

    私があなたの立場だったら東大理Ⅲだな

  • @191usinger4

    @191usinger4

    6 ай бұрын

    あの辺りはホテルでさえ潰れたよ

  • @user-ob3hu5jr4q

    @user-ob3hu5jr4q

    6 ай бұрын

    学歴なんて親が作った環境でガリ勉しただけ

  • @user-lc1nx7vr3w

    @user-lc1nx7vr3w

    5 ай бұрын

    鉾田市は住み慣れませんよ

  • @inochinokagi

    @inochinokagi

    5 ай бұрын

    別荘っておねだりするものなんだ😂

  • @user-op1qz9gh5j
    @user-op1qz9gh5j7 ай бұрын

    別荘開発業者ってなんでこう、文才があるというかネーミングセンス豊富なんでしょうかね。マグマハウスで我慢できず吹き出しましたw

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    東大京大とか中退・遅れ卒業された方とかが携わってましたね。学生運動で泣きを見た人々が、アフター1970年にはヤクザな仕事をなさってました。

  • @user-cg7hw1yf8k

    @user-cg7hw1yf8k

    7 ай бұрын

    前回の成田闘争でも活躍した左向きの連中か。 扇動と洗脳を目的とするスローガン作らせたら左に出るものはいない。後のマンションポエムに繋がる。

  • @maayanabc

    @maayanabc

    5 ай бұрын

    マグマハウスはその頃放映された手塚治虫のマグマ大使の影響だと思います!

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    5 ай бұрын

    @@maayanabc さま:ピロロピーは遡ること5年は前の放送なので、あんまり関係ないと思いますね。

  • @koh1984sr
    @koh1984sr6 ай бұрын

    今は住んでませんが大洋村出身です。 身近すぎてとても興味を引きました。 特に開発業者、覚えある業者ばかりでした。 続編希望です。

  • @hachigenumi3665
    @hachigenumi36652 ай бұрын

    バブル崩壊前に学生時代を過ごした者ですが、当時の社会の狂騒と、そこに馴染めなかった自身などいろいろ思い出され、感慨深い映像でした。ありがとうございます。

  • @user-ws4lc7oz1t
    @user-ws4lc7oz1t7 ай бұрын

    真に驚くべきは、あんな造りでも東日本震災などの数々の地震を乗り切っている事ではなかろうか・・・・・

  • @user-ht8ee5nm8v

    @user-ht8ee5nm8v

    6 ай бұрын

    逆に上モノが軽かったからこそ脆弱な基礎でも堪えられたのかも。躯体にヒビで済んだなんて…

  • @kenjikato8205

    @kenjikato8205

    23 күн бұрын

    この辺りは鹿島神宮の加護があるので地震や洪水、津波にも強いんです。

  • @munekisumi4036
    @munekisumi40367 ай бұрын

    今年還暦、バブル末期に不動産会社にいました。千葉は東金、茂原、片貝、横芝など土地は坪40万円、建売4000万円程で売りました。それでも当時は土地神話があって購入した人には夢があり、皆さん嬉しそうでした。ただ、バブル崩壊後はローンだけ払い続け、購入したけど一度も自分の購入した物件にいったことがなく、場所もわからないという人も中にはいました。

  • @jogjaline
    @jogjaline7 ай бұрын

    いつも学ばせて頂きありがとうございます。 昭和時代に大洋村は良く新聞広告に入って来ました。 販売時はカッコイイ外観だったし海の近くでの暮らしには憧れたものです。 それがここまでコストダウン仕様だったとは、戦後にバラック住宅を建てた人々の生き残りの所業でしょうか。

  • @dan-to4
    @dan-to47 ай бұрын

    ここは朽ち果てた建物に混じってキチンとメンテして住んでる方もいらっしゃいますよね。また遠方からマメに通われてる方もちらほら。以前、暗くなってからメンテを頼まれて行きましたが街灯もなく地図も整備されて無いのでエラい迷った挙句暗闇の中から突如目の前にトーテムポールが現れて飛び上がるほど驚いたことがあります。今の状態しか知らなかったので分譲当初の様子など初めて知りました。貴重な資料と綿密な調査、分かりやすい編集ありがとうございます。

  • @user-qx2iu6gb2k
    @user-qx2iu6gb2k7 ай бұрын

    最近、父から贈与されました。自分の別荘も、来年解体致します。おそらく、あの当時買った人が現存している人は少ないと思います。自分の区画の人も半分は廃墟です。

  • @user-hv3uf7om6g
    @user-hv3uf7om6g7 ай бұрын

    1970年代にサラリーマンになりたての頃、知人が買った大洋村の別荘を観に行きました。手ごろな値段で買える別荘に平均的なサラリーマンのささやかな夢を見ました。思ったより交通の便が悪かったので食指は動きませんでした。

  • @veryveryblack2010
    @veryveryblack20107 ай бұрын

    大洋村の折り込み広告、バブルの頃よく見ました。 パワーワード「果樹6本つき」に惹かれた記憶があります。確か下水がなくて敷地内処理だったような・・ 買わなくてよかったです。

  • @pandapeko5147
    @pandapeko51477 ай бұрын

    90年頃、高校の夏休みに同級生の親が持っていた大洋村の別荘へ遊びに行った。 公営団地に住んでた子が別荘を持ってることにちょっと驚いた。 夜に初めてホタルを見たのを覚えてる。

  • @user-sj6ur1ns7y
    @user-sj6ur1ns7y7 ай бұрын

    カラーボックスで使う様な建材で家を建てる神経が凄い。細い木製電柱で支えられている傾斜地の家などリスキーで怖いなあ。どの家もあの磯村建設が建てた家以下かも。

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    サンヨンサンは軽井沢だの那須高原だの大風と雪があるところを凌ぎましたから、大洋開発さんより少しマシかも。

  • @mk666666666
    @mk6666666667 ай бұрын

    数年前から安く買えるってんで、あのあたりの中古別荘をサーファーが買ってるんですよね。 サーフィンスポットに近い場所だと、まるでサーファーの集落の様な場所があったりして、カラフルな塗装や流木や貝でデコった中古別荘地があったりするんですよね。

  • @urbansprawl-zero

    @urbansprawl-zero

    7 ай бұрын

    海沿いは普通に取引されている別荘も多いですね。九十九里とはまた違った趣があります。

  • @gigogigo9870
    @gigogigo98707 ай бұрын

    サニーランドのTVCMはなつかしいですね!あの能天気なCMから現在の姿のコントラストに何とも言えない建材の脆さに象徴される景気の移ろいと人の心の儚さを感じます。

  • @choco0726
    @choco07267 ай бұрын

    そういえば80年代後半だったと思うけど、「大洋村に住もう!」という合言葉のような夢を語って活動していたアムウ○イという宗教のような会員勧誘クチコミ販売の組織があったのを覚えています。大洋村の現状がこんなになってしまって、あの頃の夢を実現した会員の人たちは今、どうしているのだろうとふと思ってしまいました。

  • @ti437
    @ti4377 ай бұрын

    先日施設に入った高齢親の築44年の実家しまいの片付けを完了しました。確かにパーティクルボードの家具は持ち上げるだけで粉々に粉砕しましたね。ベニヤ合板の家具の方がマシでしたね、ひと蹴りで壊して小さくできましたが

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    大塚やイケヤの人が言っておられました。ゴミ引の古い家具には、樫の木・本桐・欅とかあって、良い物はプロのオクに出すそうです。状態や程度に問題のある物は、頼んだ解体業者がやっとのことで分解して超高級手芸材とかに生れ変り、ホームセンターに並ぶらしい。いっぽう販売のお品はパーティクルや紙製だって笑ってました。安くて軽くて良いやって。

  • @user-mo9si4lt5b

    @user-mo9si4lt5b

    7 ай бұрын

    ​@@saikousikikan。(

  • @user-mt9iy6rn1b
    @user-mt9iy6rn1b7 ай бұрын

    地方住みです。関東ってすごいですよね。東京という世界で有数の大都市からそこまで離れてないのに、千葉や茨城などは地方の限界集落と引けを取らないほど朽ち果てた激安物件だらけ。激安物件検索しているだけで変にゾクゾクしてきますww

  • @user-ms8mj6pj2g

    @user-ms8mj6pj2g

    7 ай бұрын

    「首都圏からそこまで離れていない」のが逆に仇となって乱開発された結果ですね

  • @nagramarantz4857

    @nagramarantz4857

    5 ай бұрын

    住んで気づいたけど、千葉は佐倉市から東側はもう地方の廃村と同じですよ(分かりやすく言うと今話題の能登みたいな感じ) 逆に西側は小田原まで結構街なのですが、本当に不思議なもんです

  • @myaonroll

    @myaonroll

    4 ай бұрын

    田舎っぽい田舎暮らしをしたいなら地方より関東の方が優位な気すらしてくる。

  • @hiromihasegawa311
    @hiromihasegawa3117 ай бұрын

    親類が所有していて私も何度が遊びに行きました。(メイキングから購入)当初行政がゴミ集荷所を設置していましたが、住民税を払わない夏季の短期利用者ばかりだったので撤去、家庭ごみの搬入を敬遠して近隣の商店、コンビニからゴミ箱が消えました。当然水道はなく井戸ですが数年後ゴルフ場が周囲を取り巻くように開設、大量の除草剤、農薬を散布するようになって「井戸水は気持ち悪い」とポリタンクで飲料水を運んでいたそうです。

  • @user-dj4tf8xu6d
    @user-dj4tf8xu6d7 ай бұрын

    見慣れた風景ばかりの大洋生まれの大洋育ち現在も住んでますが、大変勉強になる楽しい動画ですね😂次回作楽しみにまっています。

  • @NaNa-wp1ep
    @NaNa-wp1ep7 ай бұрын

    発端のからのわかりやすく的確なご解説をありがとうございました。当時私と同年代の独身女性が、マイホーム高騰と将来への不安から、大洋村に小さな家を購入し長距離を通勤、複数の保険に入ったというルポを見た事がありました。大洋村のその後の話を見聞するたびに、あの女性は大丈夫だったのかな、元気かしらと思い出します。

  • @user-fo1gv1ty6j
    @user-fo1gv1ty6j7 ай бұрын

    80年代後半、盛んに夏に新聞の折り込み広告が入ってきました。小学校のワスは海が近くていいな〜♪って観てました。サーファーにはいい場所ですね。のんびりするには最高の場所。最近は、廃墟になる家が朽ちて、いつ倒壊するかわからないのが増えましたね。

  • @jm6jsy
    @jm6jsy7 ай бұрын

    去年まで鹿嶋に住んでいたので、日立や大洗に行くときこの辺の裏道通っていて、 道から見える範囲でも立ち並ぶ家が普通の家ではないなと思っていました。 コンパクトな簡易住宅が多かったのはそういう背景があったのですね。

  • @uniuni1707
    @uniuni17076 ай бұрын

    80年代庶民の私達夫婦はバブルの最中東京(実家がある)からあまり離れず家庭菜園のできる広めの土地を買って 自由設計で家を建てたいと探していて、格安の大洋村の広告も見かけたことがありました。 田舎の割に土地が小さめで家が安普請なのが写真からも見て取れたのと年配の方向けの広告もあり 実際色々なトラブルをワイドショーや週刊誌か何かで見た記憶があります。 土地神話が崩壊するなど当時は考えられなかった時代でしたので投資に買おうかとも考えたこともありました。

  • @PK-uy3kp
    @PK-uy3kp7 ай бұрын

    母方が旧大洋村出身で小さい頃はよく行ってました。 メイキングは至るところに看板ありました。 よく祖父母家の近くの雑木林に散歩に入った時、急斜面に朽ち果てた家らしきものがよくありました。 動画内である通り、家の作りも基礎が電柱を切ったものなどで近所のじいさんが「掘ったて小屋」と言っていたのを覚えています。 最近はDIYブームや都内に住めなくなった人が買い求めてるみたいですね。 それはそれで問題になっているようですが。

  • @lm3spider
    @lm3spider7 ай бұрын

    CM見て子供の頃の記憶がまざまざ浮かんできました。これだったんだってなんかシナプスが繋がったような気分

  • @user-wu7mh7zt6p
    @user-wu7mh7zt6p7 ай бұрын

    当時から胡散臭さは話題になっていました。TVのドキュメンタリーを見た記憶があります。上水道を辿っていくとビニールホースでつながっていて、排水は側溝にそのまま流れ、その側溝も行き止まりの溜まった所で浸透させてました。

  • @user-kq7ow5jc9y
    @user-kq7ow5jc9y7 ай бұрын

    私も数年前、大洋村に別荘を1000万円で買おうと思いましたが、電車が1時間に1本もないので、不便なので辞めました。 色々参考になりました。 ありがとうございます。 中嶋 康雄

  • @user-lv4jk7rj5b
    @user-lv4jk7rj5b7 ай бұрын

    いろいろなKZreadrが大洋村に行ってレポートしてるけど さすが吉川さん、切り口の角度とディープさが凄い! …これで資料をまだ出してないとか、続編も楽しみにしています

  • @kv45538
    @kv455387 ай бұрын

    35年くらい前に父親が務めていた会社の持ち物で大洋村に別荘があり、よく泊まりに行っていた記憶があります。 確かにまわりには何も無かった😮 水路にシジミが大量に生息していて、シジミとりしていた記憶があります😅

  • @whale_star
    @whale_star7 ай бұрын

    早朝からのアップロードお疲れ様です。 国際的に孤立しそうとは、また。 建物の状態からして行政の関与も大変そうですが、せめて日本から孤立しませんように…。

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    津波が来ると、砂地なのでそのまま太平洋に行ってしまい手間が省けます。メロンやスイカにぴったりの砂丘砂地。

  • @user-pu6zb7cx3l
    @user-pu6zb7cx3l7 ай бұрын

    惨状ばかりでなく、希望も見出している、よい内容だと思いました。

  • @TS-xn4qq
    @TS-xn4qq7 ай бұрын

    海沿いの夏はかなり涼しいほうだと思いますよ。 個人的な経験ですが、九十九里の浜の2km圏内から群馬や長野の山によく出かけますが、標高1000m以下だと浜のほうが涼しいことがよくあります。 茨城と千葉の海沿いの唯一の取り柄は気候の穏やかさだと思ってます。

  • @user-pz4qv3on9j

    @user-pz4qv3on9j

    7 ай бұрын

    基本的に内陸の方が暑いし寒いからね。

  • @user-nk1ir4vo4x
    @user-nk1ir4vo4x7 ай бұрын

    楽待さんの大洋村動画にも書いた気がするけど、祖父が大洋村に別荘を持っていた。 7:48 みたいな見た目の建物だったし、斜向かいのちょうど菜園ができそうな空き地も買おうとしていたようだからおそらくサニーランドのものかもしれない。東日本大震災後初めて行った時擁壁や井戸、風呂のタイルにヒビが入っていた。擁壁はヒビというよりほぼ割れてて、中の土が見えていた。周囲にも地震前後で崩壊がより進んだ廃墟もあった。 赤い三角屋根のロッジやデカデカとした看板に書かれたオーシャンロッジも覚えている。後者は大竹海岸や鹿島灘海浜公園に行く大通り沿いだったからおそらく事務所が置かれていたのかな。 隣の区画にリタイアして移住された老夫婦が暮らしていた。もう行くことは出来ないけど元気かな。

  • @80fire71
    @80fire717 ай бұрын

    いい天気だな…都内から鉾田市ってけっこうな距離感あるで 太陽光パネルもそう思えるのだけど、後々くち残骸を残して放棄されるような投資は無くなっていってほしいものです

  • @user-hq5oc1pq6s
    @user-hq5oc1pq6s7 ай бұрын

    青森県の三八上北地方沿いに住んでいるのですが、こちらでもいくつかの別荘地は点在していますけど所有者の高齢化や遺産として受け継いでも長らく維持や使用をしていない物件は沢山あるようです。 動画で紹介していました大洋村の様な所とは違い風光明媚な場所なのですが、全体的に保養としての別荘を使っている人はそれ程多くはないみたいです。

  • @TheKapinky
    @TheKapinky7 ай бұрын

    うちの祖母が鉾田に別荘を持っていたので、懐かしい気持ちと知らなかった背景を知れてよかったです。 確かに使わなくなるんですよね、別荘。バブル期に建てられたものほど酷くはなかったので今も使えますが。鹿島鉄道も懐かしいです。電車を乗り継いで行ったことがあります。今では鉾田駅へ行く鹿島鉄道も無くなって、車が無ければかなり不便でしょうね。。。

  • @user-ic5tw2lm9y
    @user-ic5tw2lm9y7 ай бұрын

    小さい頃、新聞のチラシによく大洋村の別荘のチラシが入っていて子どもながらに気になっていた場所でした 今はこんな風になっているのかと知ることができてよかった?です 時間がかかっても待ってますので、ぜひ続編の動画も作ってほしいです

  • @user-iq9td1sd1h
    @user-iq9td1sd1h7 ай бұрын

    以前現地ご案内いただいたときの記憶が鮮明によみがえりました。メイキングの三桁看板や戸別井戸を複数軒で共有するさまはまさに粗製乱造の極みではあるのですが、反面終の棲家として快適にお住いのご高齢者もおり、軽い違和感を感じていたのですが、今回の動画ですべてが腑に落ちました。ありがとうございます。来月販売の朝日新書もぜひ購入させていただきます。

  • @urbansprawl-zero

    @urbansprawl-zero

    7 ай бұрын

    はい、ありがとうございます! 今の大洋村は本当に、別荘地と言うより、そういう住宅地として変貌していると思います。

  • @raveyt
    @raveyt7 ай бұрын

    唐突な実は以前大洋村の別荘持ってました に噴いた笑 さすがです😂

  • @ohanin
    @ohanin7 ай бұрын

    毎回調査力にびっくりしてます。

  • @user-iw8eb6gs6u
    @user-iw8eb6gs6u7 ай бұрын

    いつも楽しく見させて頂いています。 自分も幼い頃に、父親が会社の上司から買った別荘に2回ほど行ったことがあります。 場所は長野県の聖高原の山中。 構造も動画に出てくるような長い木の基礎の家が傾斜地にへばりついてるような感じで、子供心に「大丈夫なのかな」と思ったものです。 周辺にも別荘はありましたがすでに利用している方はいなかったですね。 ほとんど行かないものだから行ったときにはネズミのフンの掃除をすることから始まりました。 スズメバチの巣もご丁寧にあって刺されたこともあります。 当時は長野自動車道がまだ開通していなかったこともあり東京から聖高原まで6時間くらいかかり、まあ碌な思い出ではありませんね。

  • @kartzlee
    @kartzlee7 ай бұрын

    90年代後半から2000年代初頭だったと思いますが、国道51号線を通ると、この別荘の広告の大きな看板が目につきました。 大洋村を太陽村と表現し、そのころのガーデニングブームみたいなのもあり、家庭菜園ができるとうたっていました。 その後はいつの間にやら看板は見えなくなりました。 もしかしたら今でもあるのかな。

  • @attemp_clean
    @attemp_clean6 ай бұрын

    老いる前に徒歩圏内での生活インフラ整ってる場所への移住が望ましい。70過ぎ免許手放した両親見てると実感する

  • @osamumichijima7379
    @osamumichijima73797 ай бұрын

    別の動画で大洋村別荘地を観ました 一時、鹿嶋市港ケ丘4丁目に住んでいた時は 「大洋村」の頃でしたが別荘地の乱開発が あったとは初めて知りました 別荘地の建物はスゴイ粗雑な造りですね

  • @user-dm7sy2yq9f
    @user-dm7sy2yq9f3 ай бұрын

    埼玉県在住ですが、両 親が当時平成元年あたり鉾田に別荘購入していました。 近くに大竹海岸がありよく行きました。懐かしいです。 海から別荘がわりと近くて、周りにお店もない中、そのあたり唯一?のセブンイレブンがあり別荘行く前に毎回必ず寄ってました笑 両親に別荘購入理由聞くと、海が近いのと、夏休みとか子供達を遊ばせたかったのが一番の購入理由だったらしいです。当時の購入価格聞いたら、900万くらいだったと。2DKの平屋です。平成9年でいく機会が減り手放したようです。映像みてたら とても懐かしいですが 朽ち果てているのがなんだか悲しくなりました…

  • @user-gl7te7jm1q
    @user-gl7te7jm1q7 ай бұрын

    以前楽待不動産のチャンネルで紹介されているのを見たことがありますが、流石このチャンネル、物凄く丁寧な取材を感じます。何かと大変でしょうから、のんびりと首をキリンみたいに長くしながら待ってます。

  • @user-vy7hq8ug7q
    @user-vy7hq8ug7q6 ай бұрын

    九十九里海岸から800メートル程内陸に土地を買って家を建てた人がいますが、あのあたりの購入時注意点は縄文進海時に陸だったか海の底だったかを調べることだと思います。 その方の家は土台が海砂だったので数年で崩壊が始まり、それを固める特殊な修繕が必要になりました。

  • @user-rv8lz1bi2y
    @user-rv8lz1bi2y7 ай бұрын

    5年前 茨城県に引っ越してきました。住んでいるところは、鉾田市ではないのですが、このような歴史があったとは大変興味深いです。 綿密な調査、これからも楽しみに見させていただきます。ありがとうございます。

  • @1080atz
    @1080atz7 ай бұрын

    ブログで何度も取り上げられていた旧大洋村の別荘地が動画化され、おっ!と声が出ました。 文章と動画ではまた勝手が違うとは思いますが、私は吉川さんの読み上げが好きなので今後も(不定期でも小出しでもなんでも)シリーズが続いたら嬉しいです。 写真や動画中の廃屋の廃屋ぶりには圧倒されますが、外壁さえそんなに適当な木材のこともあるなら納得です。人が住んでいない住宅は傷みが早いとか、自然の力は偉大で手を入れていない土地建物はいずれ自然に還るものだとか、そんな話のずっと手前に問題がある別荘も多かったんですね。 開発業者・時期や利用者によって家の造りや現在の状態はまちまちでしょうから、色々なケースを見てみたくなりました。

  • @urbansprawl-zero

    @urbansprawl-zero

    7 ай бұрын

    今回の動画は総合的な案内で、特定の別荘地にクローズアップしていないので、次回以降は的を絞って案内していきたいです。

  • @1080atz

    @1080atz

    7 ай бұрын

    @@urbansprawl-zero 楽しみに待ちます!

  • @sto_game
    @sto_game6 ай бұрын

    鹿島地区に住んでいて、曾祖父が東京から土地を買ってこちらに移住してきたと聞きましたが、こんな歴史があったとは知りませんでした。ありがとうございます

  • @7011F
    @7011F7 ай бұрын

    サニーランドのCMは鹿島臨海鉄道の大洗鹿島線に乗る描写がありますが、 この線の開通が1985年3月14日になりますので80年代中盤以降の放送になりますね

  • @greenblue2507
    @greenblue25077 ай бұрын

    今回は毒気ZEROで真面目なお話でしたね。 大洋村の立ち位置が良く分かって勉強になりました。

  • @tarosuzuki4756
    @tarosuzuki47567 ай бұрын

    朽ち果てた家一軒一軒に当時買った人のストーリーがあると思うとなんか切なくなる

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    大洋村は建物が小さすぎてヘソクリレベルだけど、まとまった林中の更地ともなると、未納税のホットマネー隠しにアクセクしてるさまざまな悪徳業者と、それと仲良しの悪徳土地業者が思い浮かびます。電話ボックスに捨てていったら、タクシー運転手の大貫さんに拾われた1億円とか。

  • @user-cg7hw1yf8k

    @user-cg7hw1yf8k

    7 ай бұрын

    ​@@saikousikikanうわ懐かしい話。あの頃はよく現金の大金が拾得されてましたね~¥¥¥

  • @cup77jp
    @cup77jp2 ай бұрын

    5:23、国際的に孤立しそうな、でブーと珈琲噴いてしまいますた、わっはっは。貴重な動画と解説、ありがとうございます。

  • @user-tz8fi9lh1v
    @user-tz8fi9lh1v7 ай бұрын

    大洋村に住んでます 激安物件は確かに動画のような雑木林の中って感じですが200万~出せばそんなことなくなります 車を所有できる人であればいい所だと思います 東関東自動車道を千葉方面から繋げる工事が進んでるようですし

  • @urbansprawl-zero

    @urbansprawl-zero

    7 ай бұрын

    激安系よりも、むしろその価格帯の家のほうが総合的に見て圧倒的にコスパが良いですよね。だからこそ昔の建売がもう太刀打ちできないのですが…

  • @user-mi9bf1wy3e
    @user-mi9bf1wy3e7 ай бұрын

    朝早く投稿されるとは、、お疲れ様です

  • @user-pz7pd5cp8i
    @user-pz7pd5cp8i7 ай бұрын

    「日独伊」というフレーズを広告に使用するの初めてみた・・・

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    昭和49年とかでは3国枢軸がまだ定版歴史の本になってなかった記憶があります。赤尾敏先生や源田実大佐が参議院議員とかしててお元気で、フルシチョフや毛沢東・蒋介石・フランコが生きてたり、V2号のブラウン博士もサターンロケットで張り切ってて、ハルトマン少佐や、バルクホルン・ラルといったドイツ撃墜王たちもNATO軍で現役だったり、坂井飛曹長も鉄工所のオヤジでよくテレビ出演してたり、ゼロ戦の堀越博士も東大教授で、湯川博士や朝永博士とNHKに出演してたり。

  • @ayamasets

    @ayamasets

    7 ай бұрын

    「それ惨敗する組み合わせやんけ!」「せめてイタリアは除外しような」

  • @taroro1567
    @taroro15675 ай бұрын

    昔のCMがKZreadで見れることに感動してしまった。どこに残ってたのやら。ありがとうございます。

  • @k.u6111
    @k.u61112 ай бұрын

    10年前新卒で新規開拓営業してた地域だ… 悲しい…

  • @kellgren7149
    @kellgren71497 ай бұрын

    住宅需要の読み違えの結果というのが特徴的で面白いです

  • @51Vector
    @51Vector6 ай бұрын

    大洋村別荘の新聞広告で、稲川淳二さんがよく載っていた記憶が。 「週末は気の置けない仲間と楽しく」 なんて書かれていたな。

  • @user-ov9xn7cd6g
    @user-ov9xn7cd6g6 ай бұрын

    コメント欄にも親族が持ってたって人がポツポツいて割とポピュラーな別荘地だったんだなと思わせられますね。

  • @syoheyxxx681
    @syoheyxxx6817 ай бұрын

    興味のある題材で見入ってしまいました。当地は近くでもあり改めて歴史変遷のお復習になりました。

  • @mariaanesan2
    @mariaanesan26 ай бұрын

    おお!まさに大正ナンチャラの物件を父が買ってしまいましたよ。釣りが趣味だから週末には鹿島灘で釣りが出来て、家族はBBQが楽しめるとか、近くに大きな滑り台で遊べるとか言ってたのに、一度も行きませんでした。同様に両親が結婚当初に、今で言う北軽井沢の山を一つ買って、将来は別荘にって言ってたのに、全くインフラが通っておらず手付かずのまま山を売る形になりました。売る時に多重に売られていて、これもまんまと騙された父でした。権利を主張する人が3人もいたそうです。それでも今そこは私立の中高一貫校の施設になってるようです。

  • @nobbon5268
    @nobbon52687 ай бұрын

    今回も面白かったです。素晴らしい取材力とところどころ笑えるツッコミ、さすがです! 新しい本も買わせていただきます。

  • @user-ky9wf8nh1o
    @user-ky9wf8nh1o7 ай бұрын

    風呂場がベニヤ板はヤバいですね…どこかの国の収容所のようです。

  • @tonton-sp8di
    @tonton-sp8di7 ай бұрын

    いつも素晴らしい取材、動画ありがとうございます。good!!

  • @turupika
    @turupika7 ай бұрын

    大変いい動画でした。 是非続編をお願いしたいです。

  • @MrKkhg
    @MrKkhg7 ай бұрын

    そういえば1990年代に(もしかしたら、まだあるかもですが)売られてた「月刊リゾート物件情報」という別荘や別荘向けの土地の売買情報誌とか 新聞広告などに太洋村の物件が載ってたりしましたね(当然、那須とか伊豆とかも載ってましたし)

  • @saikousikikan

    @saikousikikan

    7 ай бұрын

    小林社長さんのご蔵書類にご保存かもしれません。小学校の時から、不動産がらみなら、ビラでもなんでも分類仕分けして保存・保管されたという筋金入りの不動産研究者。

  • @rokaventures
    @rokaventures7 ай бұрын

    ナレーションの速度がとても聞きやすく、声質も良いと思います。また日独伊に対するコメントなど面白い例えなども面白いです。そして、他の方のコメントを見るとこの映像の別荘地での思い出がある方も多いのだなと思いました。さらには、UPされた方自身が別荘を購入して驚愕する事実を知ることとなっていた事実があるのも興味深かったです。

  • @reiko003
    @reiko0034 ай бұрын

    興味深いお話しでした。というのも、我が家も5年前その老後を見据えて別荘に移住したからです。移住先は鉾田市ではなく隣市の鹿嶋市大野地区ですが、ギリギリ鉾田寄りなので「大洋村?」と皆にからかわれたり😅。 でも、鹿嶋市大野地区の別荘地も確かに高齢者ばかりです。完全な車社会なので自立できなくなったら、また移住せざるを得ないのですが。。我が家は皆地元で働いており、地域にも溶け込んでそれなりにのんびりした日々を過ごしているので、茨城県に移住してまずは成功だったかなぁ、と思ってます。

  • @user-cx8nh5cb7m
    @user-cx8nh5cb7m6 ай бұрын

    サニーランドのCMは、西遊記の夕方の再放送で見た記憶があります 地方に住む金持ちの友人宅に今でいうロフトのようなものやシャンデリアがあって、遊びに行った時にめちゃくちゃテンションが上がりましたっけ 家の中の梯子は子供の心をくすぐりますね

  • @user-te4lw7ed9m
    @user-te4lw7ed9m2 ай бұрын

    現在は、中国をはじめとしたアジア系の外国人や、地元を離れて暮らしているお年寄りが暮らしています。 寂しさからか、避妊・去勢せず猫に給餌して猫が増えすぎている問題もあります。なかなかカオスです。

  • @user-lj4mw1ow3j
    @user-lj4mw1ow3j7 ай бұрын

    今から20数年前、電車内の広告でこの大洋村の別荘を見た記憶があります。建売で300平米で600万くらいでした。一瞬、定年したらこんな田舎にのんびり住むのも良いかなと考えた記憶があります。説明会に参加しなくて良かったです。

  • @miririn777
    @miririn7777 ай бұрын

    大洋村懐かしいですね。昔色々な媒体の広告で見ました。今こんな感じなんですね。

  • @user-qf4zn2jk1q
    @user-qf4zn2jk1q7 ай бұрын

    あ~~思い出した!!叔父が持っていたわ!大洋村の海岸近くに、『別荘』と言う名の貸家モドキを!!海まで歩いて1分掛からないけど、食材手に入れるのに、車で20分も掛かってた。 子供が小さい時は、家族で海水浴行くから、購入したらしいけど、子供の興味がスキーに移って、今度は湯沢村にリゾート会員権買っていた。あ~、このチャンネルコンプリートしそうな叔父だわ。大洋村は、その後叔父の経営していた会社に名義変更して、会社の福利厚生施設にしたらしいけど、平成の会社員は、面倒な施設利用したからず、結局売ったらしい。あの『別荘モドキ』どーなっているのかな?🤔

  • @mizuno2602
    @mizuno26027 ай бұрын

    食糧豊富、で食べてたプリンを吹きそうになりましたw疎開じゃないんだから、のツッコミが絶妙ですw

  • @t-fj6349
    @t-fj63497 ай бұрын

    大洋村はバブル以降も電車の中吊り広告などでよく目にしたり、TVで様々な問題が取り上げられたりと強く記憶に残っています。 確か稲◯淳二さんがここに別荘を所有していて何度かTVで紹介されていましたが今はどうなったのだろうか・・幽霊が住んでるかもね

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