フリッパーズ・ギター、ピチカート・ファイヴ…渋谷系【邦楽通史#31】
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Пікірлер: 180
まさに渋谷系全盛期に15〜18歳で雑誌Oliveを毎月購読しつつフリッパーズギターやカヒミ•カリィ、ピチカートファイブ、オリジナルラブ、クレモンティーヌ、よく聴いてました。 ナナロク世代です。渋谷系の影響の受け手側の印象を語ります。 信藤三雄さんのデザインがポピュラーだったということは初めて知りましたが、 ファッション雑誌も当時はミュージシャンをモデルに特集する事も多くて、音楽とファッションとデザインは強く結びついていたと思います。 渋谷系というのは音楽ジャンルでは無くてカルチャームーブメントの総称のように思います。 カリスマ美容師とか読者モデルなどもてはやされる時代だったため、ヴィジュアル面でもセンスを見せつけ合うのがクラブだったのかもしれません。モッズとか流行ってましたね。 時代が進むに従ってあまりに洗練され過ぎてサブカルチャー要素の強さが仇となり、自分たち世代が社会に出る頃は就職氷河期でそれどころじゃなく、流行を追いきれなくなった感覚がありました。また女子高生文化も下の世代にヤマンバギャルとかが出てきたらOlive少女は勢いを落とし、世代交代感がハッキリありました。 渋谷系カルチャーが勢いがあったのはほんの3〜4年くらいの間だったと思います。 ただ、音楽、映画、ファッション、グラフィックデザインなど幅広いジャンルと世代に影響を与えたムーブメントで、文化的に非常に濃ゆい至福の時期だったと思います。 この時期に行き過ぎなくらいセンスを磨いた経験が今の40代〜50代前半の世代の生き方にかなり影響してるのではと思います。 無意識に根底にあるのは団塊の世代だった親たち(現在70代くらい?)が、ビートルズやツイッギー、ヒッピー、サイケなどの影響を受けていたってことも多少あると思います。 この辺りを掘ると私たち世代としてはまだ振り返るのは早いのかもしれず…若いみのさんには慌てずに見守っていてほしいです。
@user-wd3gz9zd4e
21 күн бұрын
同じくオリーブ少女でした🥰 ピチカートは音楽より野宮さんのスタイル&ファッションが大好きでした💕 お互いに良いハイティーンを過ごせましたね🎉🎉
@user-ic5iv7qh3u
20 күн бұрын
情報ありがとうございます。ウチの親は例外的に焼け跡派(80代)。リアルタイムで60s再燃ブームを実体験し、ファントムギフト、GSに燃える。そしてCutie、Olive愛読。チビT 、ケサランパサラン。プランタン銀座。まさかのカヒミ・カリィ発見。繋がりでオザケン、ピチカート、マイクオールウェイ系のヨーロッパポップス、 モーマス、カトリーヌ、ゲンズブールetc. つまり20世紀後半を駆け抜けました。その後の小室ファミリーの勃発。Olive休刊。 ブーム終焉。ギャル系への抵抗。きっぱり邦楽聴かなくなり、バブル崩壊。洋楽の古典物色。 今、みのミュージックにお世話に。ファッションがつまらなくなりましたね。Z❤
亡き父がピチカート・ファイヴが好きだったと、昔母から教えられました。色んなジャンルの音楽が好きだったみたいです。 私が生まれる前に亡くなったのですが、その話を聞く度、間違いなく私はその人の娘なんだなと実感します。
@ymgt946
21 күн бұрын
お父様若くして亡くなられたのですね🥲
@ksmt178
20 күн бұрын
@@ymgt946 そうですね… 34歳になる年に亡くなったそうです。 私は写真でしか見たことがないので、生きていたらどんな歳の取り方をしていたのかと、よく妄想します😂
信藤三雄さんのデザインに憧れました 当時デザイン学校に入学しデザイナーになったけれど情熱もセンスもまるでまるで足りなかった自分。オシャレは渋谷系、渋谷系はオシャレ でした。懐かしい。
野宮さんに「最後の渋谷系」と言われてるカジヒデキさんを忘れないであげて!今でも頑張ってますよ😊 東京事変の浮雲くんはピチカートやオリジナルラブの影響を受けてますね。 m-floの人は小西さんの影響めっちゃ受けたと言ってました。 サチモスもオリジナルラブの影響受けてます。 田島貴男さんは俺は渋谷系じゃないって言ってたけど、ピチカートファイブの2代目ヴォーカルなので、ファンの中では渋谷系の分類です❤😆 ファンタスティックプラスチックマシーンはガチ渋谷系。 UFOやテイ・トウワさんのお洒落な曲は渋谷のクラブで必ずかかってた♬ オザケンとスチャダラのブギーバックはクラブの最後の曲でよくかかってた😂🪩 スチャダラパー、ソウルセット、電気グルーヴも渋谷系だと思ってた❤ オザケン&コーネリアスは渋谷系の開祖だと思ってます。 コーネリアスがラジオでレアなレコードを紹介すると、みんなレコードマップ見ながらコレクターが探し回った。渋谷の中古レコード屋でレア版の値段がもの凄い釣り上がった😂 小山田くんや小西さんが紹介したレア盤はだいたいフリーソウルのコンピレーションアルバムに収録された💿 ピチカートは教祖と言われてたw
自分は田島さんが在籍してたころのピチカートファイブが大好きです
5年以内にピチカートファイブは再評価されて若年層にバズる未来が絶対来ると思う
@user-px8jh5sh2l
21 күн бұрын
ほんとに名盤しかないし全て特色あって面白い。再評価をずっと待ってる
@user-rx5fv2lt1d
21 күн бұрын
やーどうかな❓️ ピチカートは売れ線では決してないからなあ 渋谷系というバイアスがかかって売れてた感じ まあファッションだよね(褒めてる)
@United_sandglass
21 күн бұрын
渋谷系全体が再評価されたらありえるかも ピチカート・ファイヴのファンキーでポップな音楽いいですよね〜
@user-ry4wf3rf4v
20 күн бұрын
チャラい流行り方はやめてほしい
@user-cj4lb3eg8z
20 күн бұрын
ピチカートファイブよりUAの方がバズりそう
個人的に好きじゃなかったビーイング系がチャートを席巻していた当時、ブーム前の小室哲哉が「日本のチャートにはグルーヴ感がない、しかしピチカートファイヴやオリジナルラブといった方々はそのへんをよく理解してらっしゃる(グルーヴ感すごい)」と言ってたのをみてピチカート聴いてみてどハマりしたっすねー
31回分のみのさんの「邦楽史」解説を拝見していて、やっぱりいろんな意味での「濃淡」があるのが面白いと思いました。それは世代的なもの(当時を体験しているかいないか)だったり、興味の方向(ジャズの回など)によるものだったりするのだと思いますが、その「濃淡」そのものが、個人で通史を書くというトライアルの興味深さだと思います。今回の「渋谷系」もまた、おそらく90年代まるごとを音楽ファンだった人間とは、出てくる固有名詞も異なってくると思いますが、むしろそれが本の読みどころになっているのではないでしょうか。
渋谷系ムーブメントの数年後"喫茶ロック”なるジャンルが現れた カフェ・ブームの当時に喫茶といったこのジャンルは玄人向けのジャンルだったためか、あまり話題にならずひっそりと終焉した 当時、含まれたアーティストは キリンジ くるり 空気公団など 当時出た数々のコンピはどれも名盤なので聴いてほしい
フリッパーズギターと解散後のお二人、大好きでした。90年代、都心に住んでた若者だったのに、勉強が忙しく、貧乏だったので、狭いアパートでCD聴きまくっただけです。90年代後半にフランス隣国のフランス語圏に移住したのでフレンチポップたくさん聴けると思ってたのに、みんなoasisとか聞いてて、結局自分もoasisにハマってしまいました。
6:14〜 そして渋谷系とシティポップ両方の流れを汲んだアーティストが キリンジ
当時、洋楽一辺倒だった自分に邦楽のカッコよさを教えてくれたのが渋谷系。まさに目からウロコだった。 一番好きだったのはICE。宮内さんのカッティングギターはサイコーにカッコよかった。若くして他界したのは本当残念です。国岡さんは今でも活動を続けてるみたいですね。今年3月にベストアルバム"This is ICE"を発売しました。
@user-dp6qb8vy6b
3 күн бұрын
大阪ストラットの宮内クンが懐かしい😊
小山田氏の推した洋楽が当時はCDが売れたりしてたのも日本の音楽シーンにもリスナーにも結構大きな影響があった気がしますね。例えばフランス・ギャルやロジャー・ニコルズとか一時期小山田氏がやたらと褒めてたのもあって音楽誌でも結構な頻度で取り上げられてましたね。
@ym1335
21 күн бұрын
ケニー・ランキンやセベリン・ブラウンもね!
ここで取り上げられた5~6年後の95年頃から渋谷で遊んでましたが 当時の肌感覚では渋谷系はひっそり消えていったというよりも、 その頃にはロックとの境界線的なアーティスト(PLAGUESとかGREAT3、カーネーションあたり?)やICEあたりが最大派閥になっていて、 北欧系のBONNIE PINKとかとファン層もシーンも同化していったイメージですかね
当時の感覚だとカジヒデキやカヒミ・カリィもかなり存在感ありましたね。カーディガンズも渋谷系の文脈で日本に紹介され世界に先駆けていち早く日本で売れていました。渋谷系には欠かせない一ページな気がします。
田島貴男「俺は渋谷系じゃねぇ」
Cymbals好き
信藤三雄さんのシーンに対する貢献度はめちゃくちゃデカかった
渋谷系といったら違うかもしれんけど最近spiral lifeくそハマってるわ
パーフリが現存時は渋谷系って言葉自体無く、二人がソロになってから出てきた言葉ですね。この紹介アーティスト以外にもタケムタノブカズが大好きです。
もし、初期のテイトウワも渋谷系に含まれるなら「TECHNOVA」があの頃の曲で1番好きです。 間違いなく渋谷系のアーティストならコーネリアスの「Diamond bossa」のアルバム収録版があの頃の曲で一番好きで、 渋谷系で1曲選べと言われたらたぶんこの曲を選びます。オルガンのアドリブぽいフレーズと後ろの賑やかなパーカッション群は打ち込みの参考にしました。 なんとなくですが、オルガンのバッキングやソロフレーズが格好良いそれっぽい曲が当時10代後半だった自分の嗜好に刺さりまくっててあの辺の曲を渋谷系と認識してました。
ここでも少し語られているように、デザイナーの信藤三雄さんによるイタリア、フランス等の60年代70年代のファッション、映画ポスター、ジャケットから影響を受けたビジュアルが実際には少しずつ異なる音楽ジャンルであるはずのオリジナルラブ、ピチカート、フリッパーズらの作品に共通した世界観を与えていたのは間違いないと思います(ご本人はやはりピチカートの小西さんが一番自分にセンスが近いとおっしゃっていました。)ちなみに渋谷系のみならず、信藤さんはユーミン、ミスチル、サザン、MISIA、エレカシ、ブランキーといったメジャーのアーティストの多くのヒット作のジャケットデザインも手掛けられていて、90年代のポップカルチャーのビジュアルイメージを作った最重要人物の一人だと思います。私はたまたま晩年お会いする機会があり、過去作品についていくつかお話を聞かせていただきました。UAのアメトラのジャケットはご本人が大好きなロキシーミュージックからの引用であるというお話や、私がPhotoshopの合成だと思っていたユーミンやミスチル作品が実際にはスタジオで撮影されたセットや衣装であったりと、興味深いお話ばかりでした。ご本人は新たに関西で活動しようとされていたようで、今後作る予定の映画の構想等もお話されていただけにお亡くなりになったのは本当に残念です。
みのさん、渋谷系の中でも売れ線のICEに触れられてないよー ICEなくして渋谷系は一般化しなかった、故宮内兄貴の功績は大きい 亡くなったときはかなりショックだった
サバ―ビア・スイートというおしゃれな映画と音楽を紹介するメデイアがあってその雰囲気がピチカート5とかマッチしてた 新譜にはない中古レコード屋の世界
デビュー時のUAも渋谷な感じしましたけどね。藤原ヒロシや朝本浩文プロデュースで。彼女は本当に色んな楽曲を歌いこなす素晴らしいシンガーですよ。
@user-bh2wr8jm3l
21 күн бұрын
UAが今でも良いのは、ライターの言葉を借りれば 「いちはやく”ディーバ”の罠に気付いた」からだと思う。 まあ、その副作用で「泥棒」がビックリするぐらい売れなかったらしい。 (愛聴盤)
ピチカート扱ってくれるの嬉しすぎ!サブスクにあんま来てないけど若者にも刺さると思うし是非若者にも聴いて欲しい
@user-gl8fr2vs7q
21 күн бұрын
20歳ですけどバチクソ刺さってますよ、特にフリッパーズの海に行くつもりじゃなかったは神アルバム
下北系ギターロックの解説も見たいです🤩
@tomo3matu
21 күн бұрын
やって欲しい。邦ロックの源となる場所。ハイラインレコーズというインディ店が中心になってましたね
@user-le2qb6qt9j
20 күн бұрын
@@tomo3matu ですね! ART-SCHOOLやsyrup16g、BURGER NUDSなどがみのさんから語られることが今までなかったので見てみたいです。
6:45 ロジャニコを挙げてないのは意外 達郎さんの言う「近似値としての洋楽」が90年代でもまだ説得力充分だったんだなあ
ネオ渋谷系に入るんだろうけどシンバルス好きだったなぁ…もっと活躍を見たかった
小島麻由美やorange pekoeなどジャケ絵の果たした役割は大きい。STUDIO VOICEの醸し出すコラージュな意味不が若者を焚き付けた時代。エヴァが侵食した頃に時代の終焉を予感した。「本気になったら負け」というのがあの頃の渋谷下北のルールだった気がする。
渋谷系はポップス、ロック、ヒップホップなどジャンルを問わず独自の音楽シーンを発信していたところが面白い。
Spiral LifeやL⇔Rもそうかな?advantage Lucyらへんもよくわからんな。Fishmansやスカパラは渋谷系ってイメージ全然無かったな
@apira7516
19 күн бұрын
SLも例によって自分達は渋谷系じゃないって否定してましたね。とはいえポリスター的にはポストパーフリみたいな 狙いはあったと思います。これからって時にササっと解散してしまいましたが 牧村憲一が『未来型サバイバル音楽論』という著書でちょこっとだけこの辺の話してたような
渋谷系のように60年代新宿、70~80年代原宿、90年代渋谷、2000年代秋葉原、2010年代原宿とか ネットが発達した現代でも街が流行を作る流れって今後も続くのかな
2000年以降で大企業が渋谷にオフィスを構えてからは若者の街文化の街のイメージが徐々に崩れてしまったのが本当に残念。ミニシアターや劇場、楽器店の多さも感度を高く持てたのだと思います。 今では大金渦巻くオフィス街ですよ…
瀧見憲司氏もキーマンですよね。 クルーエルのブローアップは歴史的なコンピだと思います。
小山田が中原昌也をフックアップしたんで「デス渋谷系」なんて言われたな
9:09サニーデイ・サービスのデビューは92年の「星空のドライヴ」ていうEPです! その後「COSMOC HIPPIE」、95年に1stアルバム「若者たち」です! 未聴でしたらぜひ聴いてみてください〜🙂
@lucaspoulshock
21 күн бұрын
すみません! 修正しました!
みのさんの語り聞いてると NHKでやってた 「ニッポン戦後サブカルチャー史」思い出す 西武のくだりとか
当時の渋谷は路上でキノコを売っている人がいたり雑貨屋さんも多くてプチサイケな感じでクラブも楽しかった 反六本木からオシャレなミクスチャーっていう文化はありましたね
渋谷系、tokyo no1 soul setも浮かぶかも。
@user-rx5fv2lt1d
21 күн бұрын
ソウルセットもか❗ スチャダラと一緒でラップ関連はどうも渋谷系と呼びにくい感じはある
渋谷系の終わりの象徴として本動画で言及しているサニーデイ・サービスですが、 フォーク化した1st「若者たち」の前に出てた2枚のミニアルバムが、もろフリッパーズな音なのが面白いところ😗 本人たちもフォロワーである事を公言してたし
スネオヘアーとフリッパーズギター好きだなぁ
ラブタンバリンズ知らなかったです。オザケンのLIFEはCD持っています。洋楽のサンプリング巧いですよね!
きたーー!
渋谷系アーティストの中で邦楽へのリスペクトを大きく打ち出したのは、フリッパーズ解散後、ソロになった小沢健二が最初期だと思う。93年にソロで活動を始めたときのライブの客入れで、金延幸子の「み空」をかけたことが、相当な衝撃として話題になってたし、それがきっかけでURCレコードカタログのCD化もあり、再評価につながった。小坂忠の「ほうろう」を渋谷から広く紹介したのもオザケンだった。そこにとどめを刺したのが、95年サニーデイ・サービスの「若者たち」。それまではサニーデイも他の渋谷系アーティストと同じような音楽嗜好でそれっぽい楽曲だったから、「若者たち」のジャケットや楽曲の変化には本当にびっくりした。 フリッパーズでのオザケンの歌詞のスタンスは渋谷系全般の空気をつくっていたし、渋谷のクラブ文化に和モノを持ち込んだのもオザケン。今の説教臭いおじさんの姿しか知らない若い方にはピンとこないと思うけれど、みのさんが紹介された「LIFE」のメガヒットも含め、あの頃のオザケンの影響力はとんでもなかった。
Plus-Tech Squeeze Boxだいすき citrusとかSerani Pojiとか、90年代終わりの平成っぽさがだいすきで、眩しくて仕方ない
谷崎潤一郎の「細雪」に、渋谷が田舎だという描写があったのが印象的です。あとカジヒデキって渋谷系で重要な役割を担っているのかと思っていました
@user-ww7ec2ot4n
21 күн бұрын
小学校で歌った春の小川は渋谷の河骨川(こうほねがわ)がモデルですって、もう暗渠化していますが
@user-pf9kv5tk4x
21 күн бұрын
暗渠(あんきょ)化‥‥ 思わず調べてしまいました。 学びになりました。
@aube-purple
21 күн бұрын
去年の朝ドラ「らんまん」で植物学者の主人公の妻が家計を支えるため渋谷の古家を購入、改装して隠れ家的な料亭にしていました。 鉄道が通るまではかなり田舎だったようです。
世界に肩を並べる、リアタイの私には刺さる言葉。売れ線は国内向けで渋谷系は実験的なイメージ。熱かった時代ですよ。
渋谷系も海外に通用したのはコーネリアス とピチカートだけだった。オザケンは長く海外いたけど、残念ながらてんでダメ。栄枯盛衰あっても海外で20年需要あるのもコーネリアス だけ。今年もUKでフェスと単独でしょ。ちなみにサニーデイ曽我部もフリッパーズ憧れをメジャーデビュー前は公言してたよ。
大好きなんですけどね、なんか映画「デトロイト・メタル・シティ」の主人公のアレを思い出すんですよね
ネオ渋谷系では、解散してしまったCymbalsと、新たなジャンルに踏み出したCAPSULEが現代でも廃れない良さが個人的に感じられます。
センター街奥にあった渋谷HMVと信藤三雄さんのジャケは渋谷系の象徴でした HMVがオススメする新譜がまあ凄まじく良くて、入り口に平積みしてあるCDを手当たり次第買っていたのは懐かしい思い出 サニーデイやアジカン、スーパーカーあたりの台頭で確かに世代交代した感はありますねえ
渋谷系を初めて聴いた友達が「これ一言でいったら朝昼用シティポップだろ」っていっててめちゃくちゃ腑に落ちた
フリッパーズだいすき
今回は参考図書として渋谷直角さんの「世界の夜は僕のもの」等もおすすめです。
渋谷系は面白いことにアニソンや声優の歌として生き残るんですよね、昔は田村ゆかりとかがよく歌ってましたね
My favorite Shibuya kei artist is Yukari Fresh. I would love to hear new music from her.
渋谷系アーティストを経由して音楽の知見を広げていく事もリスナーの特徴だったと思います。コンピレーション企画の Free Soul シリーズを経由して Acid Jazz に分類される音楽に傾倒していったことを覚えています。
渋谷系だとカジヒデキとかカヒミカリィのトラットリアレコードは外せないと思うんですけどそこは賛否分かれるから外した感じなのかな?
@neu6380
18 күн бұрын
広く超浅く定義するのが、みのミュージックスタイルです
現代の邦楽に与えた影響は半端ない
渋谷にテイトーワさんがバイトしてた CSVっていうレコード屋があったんですけど、 いつもHMVと聞くとそっちが浮かんでしまうww
みのさん偉い!!! リアルタイムじゃないのに、調べる努力、、、、俺は出来ないなー。 音楽界で素晴らしい存在。 にほんのうた 予約して買ったからね。 何言われてもやり続けてくれ、あなたは日本の音楽界の宝だ。
渋谷系が流行ってた頃東京に住んでてもろ影響を受けてたw渋谷HMVにも行ってたしライブもスチャダラパーやオザケンやオリラブなんかよく行ってたし渋谷WAVEにスペースシャワーTVの公開放送なんかも見に行ってた
80年代、渋谷のデザイン学校へ行き、卒業数年後に渋谷のレコード関係の制作プロダクションへ入りましたが、 この人混みがダメでその後は遠ざけました。 なので、今回の動画は日本語だけど、ほぼ単語・名詞が分かりませんでした。 因みに、レコード関係の時にネオGSに少し関わりました。 MIDIでザ・ファントムギフトでした。紹介文に、ザ・ストライクスとザ・コレクターズと3大バンドみたいな事を記載した記憶があります。
@user-rx5fv2lt1d
21 күн бұрын
ファントムギフトなついw
渋谷系はフレンチポップとかの影響強いのかな?POOMのface the fireは名曲。スパンクハッピーも大好き。ピチカートのファッションはピエール・カルダンからの影響強いのかな?ってライフ・イズ・カラフルって映画見て思った。YOU THE ROCKは渋谷系だよね。東京の合唱とか小西康陽さんプロデュースの曲あるし。
ピチカートやフリッパーズが知名度的にも代表なのは分かりますが渋谷系の元祖的存在のICEやブームを巻き起こしたカヒミ・カリィは取り上げて欲しかったですかね
90年代後半になってくると世界的にサンプリング、引用に対する規制が厳しくなりヒップホップも変わったし渋谷系やJ-POPもまんま引用が減った事も関係ありそう
ピチカートファイブの小西康陽氏はクレイジーケンバンドの曲をリミックスしたりした事も有り、後々同ピチカートファイブのボーカルの野宮さんと横山剣氏とで色々な楽曲を出す間柄になりましたしねー(^◇^;)
@user-fh8ft2nc7v
20 күн бұрын
小西はかすがい
渋谷系だけでも10本ぐらい動画作れそうだな
クルーエルレコード、好きでした。 ミュージアム オブ プレートとか。 渋谷系なのかな?
@ymgt946
21 күн бұрын
ミュージアム オブ プレート好きでした。知ってる人どのくらいいるんだろってかんじですが。。
@sheseesea
19 күн бұрын
表参道のカフェの人ね。 あとはポート・オブ・ノーツも好きだったなあ。
@ym1335
5 күн бұрын
バリバリ渋谷系ですよ💖
@user-zn7hd5qz3n
5 күн бұрын
返信があって嬉しいです! クルーエルの2枚組のコンピレーションアルバムが好きなのですが、ラブタン、コバヤシミヤコ、ポートオブノーツ、もちろんカヒミも大好きでした。ヒロミックス入ってたかな?久しぶりにCDラックを探して聴いてみます。
@ym1335
5 күн бұрын
@@user-zn7hd5qz3n これですよね?kzread.info/dash/bejne/l4Fk0paxqarOYsY.htmlsi=34-_a5uHwgqEcVES
もし、ラブ・タンバリンズがメジャーデビューして、日本語で1stアルバムを出していたら、ドリカムを超える国民的バンドになっていただろうと妄想するだけで、朝まで語って飲み明かすことができます。
@AbcDef-wy7to
21 күн бұрын
それは無い(笑)気持ちは分かるけど
ピチカート・ファイヴサブスクに来て欲しいな 女性上位時代だけCD買って聞いたけど名盤すぎる ほかのも聞きてぇ〜
@ym1335
5 күн бұрын
ピチカートなら Bossa nova2001絶対聴いて♬ コーネリアスがプロデュースしてる💕
その頃の邦楽メインストリームはtrfや安室奈美恵などの小室系、B'zやZARDなどビーイング系が ヒットチャートのほとんどを占めていて、当時の渋谷系は、好きな人は好きだけど知らない人は全く知らない感じだった。 本当に局所的なムーブメントだったな。 陽キャは小室系、陰キャというかオリーブ読んでるような文化系が渋谷系聴いてるみたいな感じ
ROUND TABLE
日本て渋谷系、ビジュアル系、Jpopなど音だけ聴いてもわからない、いろんなジャンルを掛け合わせた曖昧なものを定義させますね
渡辺満里奈
@user-ky3tu2ku9b
19 күн бұрын
亡くなられましたが当時ウッデイ川勝氏(川勝正幸氏)との絡みもあり渡辺満里奈さんは渋谷系の中心に居た人物と言っても過言では無いと思います 音楽的括りは難しいと言われる渋谷系ですが渡辺満里奈さんを中心に繋がりのあったシーンだったと捉えればしっくりくるかと思われます
渋谷系といえばDeee-LiteのGroove is in the heartを思い出すな、でもそれで踊っていた奴らは大嫌いだったが
一時期KZreadやニュース記事なんかで、再開発に伴って渋谷は大人の街になり、渋谷から若者がいなくなったなんて話を聞いてから渋谷に行ったんですが、全然若者は多かった印象です。実際のところどうなんですか?若者は減った、流行の最先端の役割が減ったくらいなんでしょうか
@user-ii3xb1lc1l
21 күн бұрын
第二次ベビーブーム以降続く少子化で子供の数が減っているからキッズが目立たない それに大きなムーブメントが無いので人が集まらない
ラ○○「V系じゃない」 田○○○「渋谷系じゃない」 チ○○&○○○「演歌じゃない」
@user-kc8jw1ql2y
20 күн бұрын
Li○○「アニソン歌手じゃない」
サニーデイも若者たち以前はフリッパーズみたいなマンチェサウンドだったけどな
この動画を見た後だとSpotifyの渋谷系プレイリストにサニーデイ・サービスが入ってるのものすごく違和感を感じる
正直、自分の好きな人達が「渋谷系」って呼ばれはじめたとき、うわーなんちゅうダッサイ名前つけてくれたんだ(>_
スパイラルライフ🎸✨
ポスト渋谷系だけど、沖井礼二は未だに追っかけてる。
「渋谷系ってなに?」「渋谷で売ってる音楽らしいよ」「は?どゆこと?」って会話をしたのを覚えてるwネオ渋谷系とかいるんだね〜33歳だともう渋谷では年長者なんだね〜ソレはちょとゾッとするwwまだ50過ぎてDJとか現役の人どうすんのwでも新陳代謝が激しい街は活気があって宜しいよね❗️なんか渋谷ってhiphopのイメージが強い
スチャダラも渋谷系に分類できるんだ。意外
satellite loversのson of 1973ってアルバムをyoutubeで見かけてとても良いなと思ったんですがこの人たちについて何か詳しい情報を知っている人いませんか?調べても余り情報がなくて・・・
外資系レコードショップのオモチャにされた時代の仇花
渋谷系のお兄さん、THE Collectors!
今でも聴けるのってピチカート、スパイラルライフ、シンバルス、くらいなな気がする 洋楽のヒットチャートど真ん中をちょっと外して斜に構えてる勢や、ピチカートファイブ聴いてる私はおしゃれなの❤勢が増殖したシーンだったと思う。
円高時代に世界中のレコードやファッション、機材が渋谷に集まったのが原因ですよ。未だにその時の影響で文化が残っている
そういえば渋谷系の楽曲のアコギ弾き語りをたくさんアップしてらっしゃるアメリカ人のマーベルさんって皆さんご存知ですか? www.youtube.com/@EdoKun
渋谷系はレアグルーヴにダイレクトに影響受けた人たちとそれを参照して自分たちにとってのレアグルーヴを探して表現した人たちの括りだと個人的には思います。サバービアを手掛けた橋下徹がフリーソウルっていうタームを提唱したりっていうのが象徴的。
サニーデイはその発言だけ取ってもしょうがないよ。全く洋楽の影響を隠してませんよ。
「渋谷系」なる呼称は誰がつけたのか諸説あるようですが、私の認識では渋谷でしか売れてない音楽という少し揶揄を含んだ表現であったように思われます。それがいつの間にかジャンルとして位置づけられてしまって今日に至る感じでしょうか。今でこそフリッパーズやピチカートならびにその周辺の音楽を「渋谷系」といえるのですが、なんとなく違和感が残ります。まあジャンルがどうこうの話なんてこれに限ったことではないんだけどね。
オリジナルラブは渋谷系にしてはダンディすぎる
リアルタイム世代ですが、渋谷系が落ち着いたのってTKサウンドの流行りがとんでもなかったのがあるような気がします。TKサウンドも当時は日本発信の洋楽ぽかったので。
@kawauso230
21 күн бұрын
渋谷系のリスナーと小室系のリスナーは全く被ってなかったと思いますよ。 小室さん自身は渋谷系を聞いて「自分も本当はこういう音楽をやりたいけど自分には無理」と言っていたそうです。
76年生まれなんだけど、J-POPをほぼ聴かずに洋楽に入ってしまったので、自分が渋谷系って言われて思い出すのがカーディガンズやクラウドベリー・ジャムみたいな、後にアメリカでオルタナに分類されるSwedish Popだったな。 その流れで日本人だとカヒミ・カリィとかで、ボニー・ピンクが渋谷系の最後って印象。 でもUAも最初の頃ってj-waveで渋谷系で扱ってた気がするんだけど…「立てようを手に~」辺りまでかな。 それとも何かと混同してるかな?
@Duca_Duca
13 күн бұрын
同じ生まれで、思わずうんうん頷いてしまいました。 テイ・トウワやラブ・サイケデリコも渋谷系なんですかね。 思い返すとそのあたりを好んで聴いていたんだなぁと自覚しました。
佐々木麻美子さんも還暦を過ぎたか… 渋谷系ってもう遠い昔、皆歳を取るのをまざまざと知らされる…
@user-rx5fv2lt1d
21 күн бұрын
ええっもうそんな歳なの⁉️ 麻美子さんじゃライブできない、と相当CBSからいじめられたみたいですね
@user-ww7ec2ot4n
20 күн бұрын
@@user-rx5fv2lt1d 佐々木さんは1996年に結婚し、妊娠後もツアーに出るなど活躍。息子さんは23歳になって大学医学部の5回生だそうです。
電気グルーヴは渋谷系ではないか