私の父親は戦前は熊本でバスの運転手をしていましたが、召集され久留米戦車連隊に。終戦直前に鹿児島の霧島の決戦師団に移動していました。もし本土決戦が行われていたら、100%生き残ってはいなかった。ということは私自身も生まれていなかった。
理解されにくい孤高の神童だろう。軍隊と、生まれる時代が平時なら一角の逸材
アメリカは戦争に勝つことが最優先であり、そのためには軍人のメンツなど二の次だった。 日本は軍人のメンツを守ることが最優先であり、戦争はその手段の一つに過ぎなかった。
学生達を戦場に送ったのに敵軍に捕縛された元総理大臣😂 恥知らずすぎるな笑
やはりエンジンの遅れか、、
鬼畜米英の援将ルートを遮断しなければシナ大陸の戦線は収まらないので大陸打通作戦が昭和19年に行われ続けてインパール作戦も決行した結果東南アジアは解放されビルマ、インドは独立を果たせた、牟田口司令官は英雄である。東京裁判を否定しましょう。植民地解放国家🇯🇵\(^_^)/ジジーより
今なら 職権乱用
バカなど言う言葉 生ぬるい!!
牟田口(無駄口)此奴のドヤ顔腹が立つ うちのじいちゃん こいつに殺されそうになった 数少ない生き残りのじいちゃん 優しかったな〜
山形、そして酒田の誇り!
世論と朝日のマスゴミが開戦を煽りちらしして戦後で手のひら返しでGHQ様々してんだからある意味戦争が続くのも合点がいく常々本当に世論は一體何を考えて手のひらくるくるするのか恐ろしいw
憲兵が毎回治安乱して国内外のを悪化させたり存在意義がほぼ無い
元総理大臣なんて敵軍に捕縛されてるし、恥知らずすぎる😂
こういう主の主観が入らないのはいいですね。
ラバウル沖航空戦の後で偵察機のみの運用に切り替えておけば、レーダー技術で劣勢でも基地航空隊の援護下で空母機動部隊を有効に使って徹底防御できたのにな
防弾が全然無くて、ワンショットライターと呼ばれはしたけど、機体剛性は高くて だいぶ無理な取り回しが利いたと聞いてる。
大東亜共栄圏、アジアを解放する神国日本、全部一部の利権を守るための洗脳だから。洗脳が解かれたら騙されていたと知って喋るわな。
「聖上」であって「清浄」ではない。
ある意味、理想的大企業サラリーマンともいえる。
せめて飛行機の風防に防弾ガラスをつけるべきだっとおもうけど日本の飛行機はアメリカの飛行機にくらべて防弾装備全くないから❗
防弾を施そうとしたら海軍が「要らんことするな」と拒否したけど、開戦1年後に結局は「航続距離を犠牲にしていいから防弾をやってくれ」と防弾を施した。 改修後は米軍からしてみてもかなり落ちにくくなったそうだけど、運用方法が悪かったらそれでもどんどん落とされる羽目に… 私の大叔母が戦時中に岡山県倉敷市水島の三菱航空機(現在の三菱自工)で女子挺身隊で働いていて、「丸っこい大きい飛行機を作ってた」との事でしたので一式陸攻の写真を見せたら「これこれ」と言ってました…
防弾無視したせいで米軍にはワンショットライターとも呼ばれていたとか
一式ライターと呼んで陰で嫌っていたのは味方、帝国海軍の将兵よ。 米軍は海軍のオアへ大尉とかが撃墜した戦果を盛ったりしても、燃えやすい中攻を嘲ったりはしなかったみたいよ。
戦闘機の護衛が付いていても、敵戦闘機や対空砲火の迎撃で撃ち落される可能性の高い一式陸上攻撃機の運用を海軍航空隊上層部は、真面目かつ正気で、考えていたのでしょうか?。
航空艦隊構想に基づいて開発した航空機。後期型は自動消火装置と防漏対策を施しました。高高度爆撃における損害率はB17よりわずかながら優秀でした。銃座配置はB17と同じで死角が少なく、防御火網としてはかなり強力で、本機を迎撃したスピットファイアのパイロットから「ベティは撃たれ強く、火力は強力で手強い相手だった」と高く評価されています。
大学時代は心理学専攻でした この時代からアメリカは心理学的なアプローチで接していたのは流石だと思います
いい動画です、当時の新聞マスコミがどうだったか、この切り口で見たのは初めてです 毎日は、戦前戦中と本当に碌でもない新聞でしたね、(戦後も更に・・) 朝日に関しては、「やむなく」って結果的に擁護するような位置づけでしたが 一般人がWikipediaを中心に検証すると幾つか「戦争責任」ではないのか?、疑問があって 戦後はそれを「隠蔽する程度」と「手法」が許せません で、その内容を掲載させて下さい 朝日は ①満州事変を契機に、軍部に迎合して終戦まで戦争賛美だった、新聞を売る為に ②日中戦争拡大の論陣を張った、結果、米の経済制裁を招いて真珠湾攻撃に繋がった ③隠れ共産主義者やソ連軍のスパイが朝日の幹部で、近衛内閣のシンクタンクだった (で、破滅への主導がなかったか、ここは推測だが重要な視点です) ④戦争への転機となった国際連盟脱退を絶賛していた(・・主張していたのは毎日新聞です) ⑤日中戦争・太平洋戦争と軍部の御用新聞として君臨して戦争翼賛報道をしていた ・・・上記はWikipediaの内容です(注・1行WIKI以外の推測があります) 戦争への転機になった国際連盟脱退を主張したの毎日新聞で、絶賛したのが朝日新聞です(Wikipediaより) 実行したのは時の政府ですが、「満州事変まで政府・軍部に批判的だった」新聞がそれでは新聞が売れないとみるや、 国民を煽る事で新聞を売りました (例で・毎日新聞は、南京進軍で日本の将校が「100人切り」と不可能な事を事実の様に報道して国民を煽った) なお、当時の国際連盟は第一次世界大戦の反省から戦争に至らない国際秩序を作る・守る組織であり、 これの非難を受けて、敵に回す行為は絶対に避けなければならない事でした・・・が 脱退を主張した毎日新聞社は、当時の政治部記者が岸井寿郎氏で 1932年、「危険な連盟に長尻は無用だ、速かに脱退して自己の覚悟に徹底しなければならぬ。」と世論に訴え、 日本の国際連盟脱退を躊躇する政界上層部と連盟利用論者を非難・・WIKIの内容です 再度掲載します ・・「日本の国際連盟脱退を躊躇する政界上層部と連盟利用論者を非難」の部分です 政界の上層部は脱退をしてはならない、連盟を利用して国際秩序に貢献するべきだ、との勢力を、 新聞社が「世論で排除して」・・軍部主導による満州国創設とその後の日中戦争の泥沼にはまる契機になりました 日中戦争の始めは日本軍の勝利進軍で新聞報道と世論は共に湧き立ちました・・が 広大な中国領土を利用して後退して契機を待つ中国諸派軍(国民軍・共産軍=国共合作って言います)を屈服させる事が出来ずに その後は戦線拡大で泥沼化するなか、米が中国を支援して日本への石油禁輸となり(貿易制裁)・・ 日本は「石油備蓄のある内に・・」真珠湾攻撃の決断をします (満州事変・満州国創建・連盟脱退・日中戦争→石油禁輸→太平洋戦争→破滅への順です) 戦後の朝日と毎日は、上記の戦犯(かも)と糾弾されることを防ぐ為に、GHQに呼応して 日本は・日本人は悪辣だったと洗脳して、その一例で慰安婦問題を捏造しています それによって、広島・長崎への原爆投下という米の戦争犯罪への日本の国民感情を希釈しています (他にも、併合による朝鮮半島の飛躍的な発展は内地(日本)へ報道されているがその内容を今の国民に知らしめる事はありません) 戦後現在に至るまで「大東亜戦争」の名称を使う事を朝日・毎日とそれに忖度する勢力が反対しています 「太平洋戦争」で、軍部の暴走で「真珠湾攻撃から戦争が始まった」様に国民に思わせています 「自分達の戦争への加担」が追及される事を恐れるからでしょう・・・結論としてここが重要な事です なおWIKIは、左右勢力による編集合戦があって内容が定まらない事があるが、一定の管理者による内容(事実)の維持が行われています 転載はWIKI出展である事明示する事で許されています(念為)
父は子供の時に1式が飛んでるのをよく見かけ仲間うちでは通称「まんねんしつ」と言ってたそうです。葉巻は今もですが見たこともない人が殆どでイメージとして一般的ではないでしょう。
妖怪辻政信!!本当に腐れ外道とはこの辻政信の事だと思う。
一式陸攻の形は好き。
風立ちぬでも、本庄が言ってたな…
一応あれは九六式陸攻なんだけどね...どっちも防弾という面では同じようなもんだが...
今の政治家と同じ
でも…残念ながら…、 ワンショット!ライター…。
でも、やっぱり、防弾関係は無視していた設計でしたね。
それガセネタだぞ 一式陸攻は防弾しっかりしてた
一式ライター
爆撃の成功率は高いんだけどな… 桜花は論外だし運用ミスのせいかな
十二試陸上攻撃機仕様に対し本庄季郎技師は四発機にして艤装・防弾などを充実すべきとの意見に対し海軍航空技術廠長の和田操海軍少将はこれを一蹴。 結果燃料むき出しの一式陸上攻撃機の誕生となりました。そもそも海軍が陸上攻撃機と云う爆撃機を造っていたこと自体が異常です。
毛沢東の日本軍捕虜の扱いを真似たのでしょう。 捕虜の待遇をよくした。 日本人捕虜は恩を感じたからでしょう。
草薙さんカッコイイ。
こういう責任の取り方ができる人が本来の日本人である。
支那事変が事変のまま、互いに宣戦布告しなかったのは、アメリカの中立法が原因だったのか。 初耳でまた自分の見解ががらりと変わった。 更に、日独伊三国同盟の前にナチスドイツが国民党軍に支援をしてたのか。そしてその繋がりを弱めるためにこの同盟に走った、と。 重大な知らない事が二つあったけど、この動画には説得力がある。
歴史は大局観をもって真実を見ましょう 戦争への転機になった国際連盟脱退を主張したの毎日新聞で、絶賛したのが朝日新聞です(Wikipediaより) 実行したのは時の政府ですが、「満州事変まで政府・軍部に批判的だった」新聞がそれでは新聞が売れないとみるや、 国民を煽る事で新聞を売りました、 例で、毎日新聞は、南京進軍で日本の将校が「100人切り」と不可能な事を事実の様に報道して国民を煽っています 戦後の朝日と毎日は、戦犯(かも)と糾弾されることを防ぐ為に、GHQに呼応して 日本は・日本人は悪辣だったと洗脳して、その一例で慰安婦問題を捏造しています それらによって、広島・長崎への原爆投下という米の戦争犯罪への日本の国民感情を希釈しています なお、国際連盟は第一次世界大戦の反省から戦争に至らない国際秩序を作る・守る組織であり、 これの非難を受けて、敵に回す行為は絶対に避けなければならない事でした・・・が 脱退を主張したのは毎日新聞社で当時の政治部記者が岸井寿郎で 以下はWikipediaの内容を掲載 1932年(昭和7年)大阪毎日新聞に『連盟を脱退すべし』を連載し国際連盟の無益有害なることを強調し、速かに脱退して自己の覚悟に徹底しなければならぬ。と世論に訴え、日本の国際連盟脱退を躊躇する政界上層部と連盟利用論者を非難・・ 以上ここまでWIKI ここを再度掲載します ・・「日本の国際連盟脱退を躊躇する政界上層部と連盟利用論者を非難」の部分です 政界の上層部は脱退をしてはならない、連盟を利用して国際秩序に貢献するべきだとの勢力を、 新聞社が「・・世論で排除して」・・軍部主導による満州国創設とその後の日中戦争の泥沼にはまる契機を作りました 日中戦争の緒戦は日本軍の勝利進軍で新聞報道と世論は共に湧き立ちました・・が 広大な中国領土を利用し、後退して契機を待つ中国諸派軍(国民党軍・共産軍=国共合作って言います)を屈服させる事が出来ずに その後は戦線拡大で泥沼化するなか、米が中国を支援して日本への石油禁輸となり(貿易制裁)・・ 日本は「石油備蓄のある内に・・」真珠湾攻撃の決断をします (満州事変・満州国創建・連盟脱退・日中戦争→石油禁輸→太平洋戦争→破滅への順です) 戦後に「大東亜戦争」の名称を使う事を朝日・毎日とそれに忖度する勢力が反対しています 軍部の暴走で真珠湾攻撃から戦争が始まった様に国民に思わせて、 「自分達の戦争への加担」が追及される事を恐れるからです
さすが牟田口さんですわ(笑)
先の戦争で命懸けで必死に戦った先人たちには敬意を持たなきゃいけない。こいつ以外
7人搭乗で1トンだけの爆弾搭載量。魚雷も一本しか積めない。航続力を優先するなら防御力は妥協しなくてはならない…ないものばかりの国が生み出した、悲劇的な機体。
連合国軍爆撃機パイロットの常識からすれば、とんでも無い一式陸上攻撃機・・・そんな、一式陸上攻撃機で終戦まで任務をこなしかつ撃墜される事無く、生き残った一式陸上攻撃機エースの高橋淳氏は、ある意味で凄いですね。
妖怪が敵兵を殺さなかったなどと、言ってる人がいますが例えば軍隊狸の話でロシア兵を生き埋めにしたという話があります。
南雲さんはミッドウェー海戦で攻撃隊を早期に発艦させずに、結果的には批判を浴びているが、戦闘機の護衛無しでの出撃は戦果があっても熟練搭乗員の大量損失の可能性があった。貴重な熟練搭乗員を簡単には死なせたくないと言う優しさが結果的には仇になった。山形出身の県民性なのだろうか?インド洋でイギリス軍兵士400人以上を救助した駆逐艦雷の艦長工藤俊作も山形出身で、救助した事を南雲さんに相談したらしい。君は正しい事をした。ただ、くれぐれも秘密にしておくようにと命ぜられたらしい。人の命を将棋の駒のように動かす上官の立場は、心労が絶えないだろう。結局、断続的に攻撃隊を飛ばし続けたアメリカ軍が勝利した。飛行機の搭乗員の損失は日本軍より多かったが、結局損失を覚悟でも先手必勝になると言う答えを出した。
特攻兵器桜花を発案した大田正一氏の経歴、無責任な言動。終戦時の逃亡、戦後、偽名を使って潜伏して3人の子供をなして天寿を全う。桜花に携わって戦死された人たちと遺族の方々の無念を思うとやりきれない気持ちになります
ドラマになった(・ω・ = ・ω・)? なってないならコレからなるんだろうね(´ー`*)ウンウン
惜しい人は、早く亡くなる。🙏
Пікірлер
私の父親は戦前は熊本でバスの運転手をしていましたが、召集され久留米戦車連隊に。終戦直前に鹿児島の霧島の決戦師団に移動していました。もし本土決戦が行われていたら、100%生き残ってはいなかった。ということは私自身も生まれていなかった。
理解されにくい孤高の神童だろう。軍隊と、生まれる時代が平時なら一角の逸材
アメリカは戦争に勝つことが最優先であり、そのためには軍人のメンツなど二の次だった。 日本は軍人のメンツを守ることが最優先であり、戦争はその手段の一つに過ぎなかった。
学生達を戦場に送ったのに敵軍に捕縛された元総理大臣😂 恥知らずすぎるな笑
やはりエンジンの遅れか、、
鬼畜米英の援将ルートを遮断しなければシナ大陸の戦線は収まらないので大陸打通作戦が昭和19年に行われ続けてインパール作戦も決行した結果東南アジアは解放されビルマ、インドは独立を果たせた、牟田口司令官は英雄である。東京裁判を否定しましょう。植民地解放国家🇯🇵\(^_^)/ジジーより
今なら 職権乱用
バカなど言う言葉 生ぬるい!!
牟田口(無駄口)此奴のドヤ顔腹が立つ うちのじいちゃん こいつに殺されそうになった 数少ない生き残りのじいちゃん 優しかったな〜
山形、そして酒田の誇り!
世論と朝日のマスゴミが開戦を煽りちらしして戦後で手のひら返しでGHQ様々してんだからある意味戦争が続くのも合点がいく常々本当に世論は一體何を考えて手のひらくるくるするのか恐ろしいw
憲兵が毎回治安乱して国内外のを悪化させたり存在意義がほぼ無い
元総理大臣なんて敵軍に捕縛されてるし、恥知らずすぎる😂
こういう主の主観が入らないのはいいですね。
ラバウル沖航空戦の後で偵察機のみの運用に切り替えておけば、レーダー技術で劣勢でも基地航空隊の援護下で空母機動部隊を有効に使って徹底防御できたのにな
防弾が全然無くて、ワンショットライターと呼ばれはしたけど、機体剛性は高くて だいぶ無理な取り回しが利いたと聞いてる。
大東亜共栄圏、アジアを解放する神国日本、全部一部の利権を守るための洗脳だから。洗脳が解かれたら騙されていたと知って喋るわな。
「聖上」であって「清浄」ではない。
ある意味、理想的大企業サラリーマンともいえる。
せめて飛行機の風防に防弾ガラスをつけるべきだっとおもうけど日本の飛行機はアメリカの飛行機にくらべて防弾装備全くないから❗
防弾を施そうとしたら海軍が「要らんことするな」と拒否したけど、開戦1年後に結局は「航続距離を犠牲にしていいから防弾をやってくれ」と防弾を施した。 改修後は米軍からしてみてもかなり落ちにくくなったそうだけど、運用方法が悪かったらそれでもどんどん落とされる羽目に… 私の大叔母が戦時中に岡山県倉敷市水島の三菱航空機(現在の三菱自工)で女子挺身隊で働いていて、「丸っこい大きい飛行機を作ってた」との事でしたので一式陸攻の写真を見せたら「これこれ」と言ってました…
防弾無視したせいで米軍にはワンショットライターとも呼ばれていたとか
一式ライターと呼んで陰で嫌っていたのは味方、帝国海軍の将兵よ。 米軍は海軍のオアへ大尉とかが撃墜した戦果を盛ったりしても、燃えやすい中攻を嘲ったりはしなかったみたいよ。
戦闘機の護衛が付いていても、敵戦闘機や対空砲火の迎撃で撃ち落される可能性の高い一式陸上攻撃機の運用を海軍航空隊上層部は、真面目かつ正気で、考えていたのでしょうか?。
航空艦隊構想に基づいて開発した航空機。後期型は自動消火装置と防漏対策を施しました。高高度爆撃における損害率はB17よりわずかながら優秀でした。銃座配置はB17と同じで死角が少なく、防御火網としてはかなり強力で、本機を迎撃したスピットファイアのパイロットから「ベティは撃たれ強く、火力は強力で手強い相手だった」と高く評価されています。
大学時代は心理学専攻でした この時代からアメリカは心理学的なアプローチで接していたのは流石だと思います
いい動画です、当時の新聞マスコミがどうだったか、この切り口で見たのは初めてです 毎日は、戦前戦中と本当に碌でもない新聞でしたね、(戦後も更に・・) 朝日に関しては、「やむなく」って結果的に擁護するような位置づけでしたが 一般人がWikipediaを中心に検証すると幾つか「戦争責任」ではないのか?、疑問があって 戦後はそれを「隠蔽する程度」と「手法」が許せません で、その内容を掲載させて下さい 朝日は ①満州事変を契機に、軍部に迎合して終戦まで戦争賛美だった、新聞を売る為に ②日中戦争拡大の論陣を張った、結果、米の経済制裁を招いて真珠湾攻撃に繋がった ③隠れ共産主義者やソ連軍のスパイが朝日の幹部で、近衛内閣のシンクタンクだった (で、破滅への主導がなかったか、ここは推測だが重要な視点です) ④戦争への転機となった国際連盟脱退を絶賛していた(・・主張していたのは毎日新聞です) ⑤日中戦争・太平洋戦争と軍部の御用新聞として君臨して戦争翼賛報道をしていた ・・・上記はWikipediaの内容です(注・1行WIKI以外の推測があります) 戦争への転機になった国際連盟脱退を主張したの毎日新聞で、絶賛したのが朝日新聞です(Wikipediaより) 実行したのは時の政府ですが、「満州事変まで政府・軍部に批判的だった」新聞がそれでは新聞が売れないとみるや、 国民を煽る事で新聞を売りました (例で・毎日新聞は、南京進軍で日本の将校が「100人切り」と不可能な事を事実の様に報道して国民を煽った) なお、当時の国際連盟は第一次世界大戦の反省から戦争に至らない国際秩序を作る・守る組織であり、 これの非難を受けて、敵に回す行為は絶対に避けなければならない事でした・・・が 脱退を主張した毎日新聞社は、当時の政治部記者が岸井寿郎氏で 1932年、「危険な連盟に長尻は無用だ、速かに脱退して自己の覚悟に徹底しなければならぬ。」と世論に訴え、 日本の国際連盟脱退を躊躇する政界上層部と連盟利用論者を非難・・WIKIの内容です 再度掲載します ・・「日本の国際連盟脱退を躊躇する政界上層部と連盟利用論者を非難」の部分です 政界の上層部は脱退をしてはならない、連盟を利用して国際秩序に貢献するべきだ、との勢力を、 新聞社が「世論で排除して」・・軍部主導による満州国創設とその後の日中戦争の泥沼にはまる契機になりました 日中戦争の始めは日本軍の勝利進軍で新聞報道と世論は共に湧き立ちました・・が 広大な中国領土を利用して後退して契機を待つ中国諸派軍(国民軍・共産軍=国共合作って言います)を屈服させる事が出来ずに その後は戦線拡大で泥沼化するなか、米が中国を支援して日本への石油禁輸となり(貿易制裁)・・ 日本は「石油備蓄のある内に・・」真珠湾攻撃の決断をします (満州事変・満州国創建・連盟脱退・日中戦争→石油禁輸→太平洋戦争→破滅への順です) 戦後の朝日と毎日は、上記の戦犯(かも)と糾弾されることを防ぐ為に、GHQに呼応して 日本は・日本人は悪辣だったと洗脳して、その一例で慰安婦問題を捏造しています それによって、広島・長崎への原爆投下という米の戦争犯罪への日本の国民感情を希釈しています (他にも、併合による朝鮮半島の飛躍的な発展は内地(日本)へ報道されているがその内容を今の国民に知らしめる事はありません) 戦後現在に至るまで「大東亜戦争」の名称を使う事を朝日・毎日とそれに忖度する勢力が反対しています 「太平洋戦争」で、軍部の暴走で「真珠湾攻撃から戦争が始まった」様に国民に思わせています 「自分達の戦争への加担」が追及される事を恐れるからでしょう・・・結論としてここが重要な事です なおWIKIは、左右勢力による編集合戦があって内容が定まらない事があるが、一定の管理者による内容(事実)の維持が行われています 転載はWIKI出展である事明示する事で許されています(念為)
父は子供の時に1式が飛んでるのをよく見かけ仲間うちでは通称「まんねんしつ」と言ってたそうです。葉巻は今もですが見たこともない人が殆どでイメージとして一般的ではないでしょう。
妖怪辻政信!!本当に腐れ外道とはこの辻政信の事だと思う。
一式陸攻の形は好き。
風立ちぬでも、本庄が言ってたな…
一応あれは九六式陸攻なんだけどね...どっちも防弾という面では同じようなもんだが...
今の政治家と同じ
でも…残念ながら…、 ワンショット!ライター…。
でも、やっぱり、防弾関係は無視していた設計でしたね。
それガセネタだぞ 一式陸攻は防弾しっかりしてた
一式ライター
爆撃の成功率は高いんだけどな… 桜花は論外だし運用ミスのせいかな
十二試陸上攻撃機仕様に対し本庄季郎技師は四発機にして艤装・防弾などを充実すべきとの意見に対し海軍航空技術廠長の和田操海軍少将はこれを一蹴。 結果燃料むき出しの一式陸上攻撃機の誕生となりました。そもそも海軍が陸上攻撃機と云う爆撃機を造っていたこと自体が異常です。
毛沢東の日本軍捕虜の扱いを真似たのでしょう。 捕虜の待遇をよくした。 日本人捕虜は恩を感じたからでしょう。
草薙さんカッコイイ。
こういう責任の取り方ができる人が本来の日本人である。
支那事変が事変のまま、互いに宣戦布告しなかったのは、アメリカの中立法が原因だったのか。 初耳でまた自分の見解ががらりと変わった。 更に、日独伊三国同盟の前にナチスドイツが国民党軍に支援をしてたのか。そしてその繋がりを弱めるためにこの同盟に走った、と。 重大な知らない事が二つあったけど、この動画には説得力がある。
歴史は大局観をもって真実を見ましょう 戦争への転機になった国際連盟脱退を主張したの毎日新聞で、絶賛したのが朝日新聞です(Wikipediaより) 実行したのは時の政府ですが、「満州事変まで政府・軍部に批判的だった」新聞がそれでは新聞が売れないとみるや、 国民を煽る事で新聞を売りました、 例で、毎日新聞は、南京進軍で日本の将校が「100人切り」と不可能な事を事実の様に報道して国民を煽っています 戦後の朝日と毎日は、戦犯(かも)と糾弾されることを防ぐ為に、GHQに呼応して 日本は・日本人は悪辣だったと洗脳して、その一例で慰安婦問題を捏造しています それらによって、広島・長崎への原爆投下という米の戦争犯罪への日本の国民感情を希釈しています なお、国際連盟は第一次世界大戦の反省から戦争に至らない国際秩序を作る・守る組織であり、 これの非難を受けて、敵に回す行為は絶対に避けなければならない事でした・・・が 脱退を主張したのは毎日新聞社で当時の政治部記者が岸井寿郎で 以下はWikipediaの内容を掲載 1932年(昭和7年)大阪毎日新聞に『連盟を脱退すべし』を連載し国際連盟の無益有害なることを強調し、速かに脱退して自己の覚悟に徹底しなければならぬ。と世論に訴え、日本の国際連盟脱退を躊躇する政界上層部と連盟利用論者を非難・・ 以上ここまでWIKI ここを再度掲載します ・・「日本の国際連盟脱退を躊躇する政界上層部と連盟利用論者を非難」の部分です 政界の上層部は脱退をしてはならない、連盟を利用して国際秩序に貢献するべきだとの勢力を、 新聞社が「・・世論で排除して」・・軍部主導による満州国創設とその後の日中戦争の泥沼にはまる契機を作りました 日中戦争の緒戦は日本軍の勝利進軍で新聞報道と世論は共に湧き立ちました・・が 広大な中国領土を利用し、後退して契機を待つ中国諸派軍(国民党軍・共産軍=国共合作って言います)を屈服させる事が出来ずに その後は戦線拡大で泥沼化するなか、米が中国を支援して日本への石油禁輸となり(貿易制裁)・・ 日本は「石油備蓄のある内に・・」真珠湾攻撃の決断をします (満州事変・満州国創建・連盟脱退・日中戦争→石油禁輸→太平洋戦争→破滅への順です) 戦後に「大東亜戦争」の名称を使う事を朝日・毎日とそれに忖度する勢力が反対しています 軍部の暴走で真珠湾攻撃から戦争が始まった様に国民に思わせて、 「自分達の戦争への加担」が追及される事を恐れるからです
さすが牟田口さんですわ(笑)
先の戦争で命懸けで必死に戦った先人たちには敬意を持たなきゃいけない。こいつ以外
7人搭乗で1トンだけの爆弾搭載量。魚雷も一本しか積めない。航続力を優先するなら防御力は妥協しなくてはならない…ないものばかりの国が生み出した、悲劇的な機体。
連合国軍爆撃機パイロットの常識からすれば、とんでも無い一式陸上攻撃機・・・そんな、一式陸上攻撃機で終戦まで任務をこなしかつ撃墜される事無く、生き残った一式陸上攻撃機エースの高橋淳氏は、ある意味で凄いですね。
妖怪が敵兵を殺さなかったなどと、言ってる人がいますが例えば軍隊狸の話でロシア兵を生き埋めにしたという話があります。
南雲さんはミッドウェー海戦で攻撃隊を早期に発艦させずに、結果的には批判を浴びているが、戦闘機の護衛無しでの出撃は戦果があっても熟練搭乗員の大量損失の可能性があった。貴重な熟練搭乗員を簡単には死なせたくないと言う優しさが結果的には仇になった。山形出身の県民性なのだろうか?インド洋でイギリス軍兵士400人以上を救助した駆逐艦雷の艦長工藤俊作も山形出身で、救助した事を南雲さんに相談したらしい。君は正しい事をした。ただ、くれぐれも秘密にしておくようにと命ぜられたらしい。人の命を将棋の駒のように動かす上官の立場は、心労が絶えないだろう。結局、断続的に攻撃隊を飛ばし続けたアメリカ軍が勝利した。飛行機の搭乗員の損失は日本軍より多かったが、結局損失を覚悟でも先手必勝になると言う答えを出した。
特攻兵器桜花を発案した大田正一氏の経歴、無責任な言動。終戦時の逃亡、戦後、偽名を使って潜伏して3人の子供をなして天寿を全う。桜花に携わって戦死された人たちと遺族の方々の無念を思うとやりきれない気持ちになります
ドラマになった(・ω・ = ・ω・)? なってないならコレからなるんだろうね(´ー`*)ウンウン
惜しい人は、早く亡くなる。🙏