【歴史解説】ゆっくり大江戸91 お江戸の夜事情~江戸を彩った灯りから夜具まで~【江戸時代】
※この動画は東方Projectの二次創作であるゆっくりキャラを用いた解説動画です。またキャラ素材【ゆっくり魔理沙改】の改変素材を個人的に作成、使用していますのでご了承下さい
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■zero sen(ゆっくり近代史解説チャンネル)
/ @zerosen1868
Twitterやってます httpd:// tera_sen
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Пікірлер: 97
この動画を見て、実家で使っていた丹前の事を思い出しました。 江戸時代からのものだったのですね。 帯で結ばずに掻巻のように腕を通して掛けていました。毛布丹前なる起毛素材のものもあって大変心地良かったです。 着る毛布として令和でも残っているのを考えると、理に適った文化なのでしょうね。
いつ観てもゆっくり同士の平和な会話劇に癒されます。 刹那的なお笑い番組や世知辛いニュースばかりの昨今、とてもありがたい!
明かりと寝具が贅沢品か・・・・・昔の時代劇で貧乏な長屋の住民のところに、金貸しが来て 布団まではぎ取っていく理由がよくわかる内容でした。※綿が貴重だから布団は高値で売れるんですね
@user-wt3dk6er6f
2 жыл бұрын
一見古い煎餅布団も綿を打ち直して表生地を変えれば、何と言うことでしょう❗リメイク完了です。
@user-zj1qv1yc2u
2 жыл бұрын
@@user-wt3dk6er6f 元々布団屋さんは旅館とかの、綿の打ち直しとかも重要な仕事だったみたいですね
@user-ps5lt2rh9s
2 жыл бұрын
当時、明かりと寝具は「ナッシング」だったんですね。
@user-lt1vh2xg9z
2 жыл бұрын
@@user-wt3dk6er6f ?ん
夜間に無灯火で自転車を漕ぐのは本当に危ないですよね.私もやめてほしいと思っています.
今でも中秋の名月を祝う理由って 月の光が有難い物だった名残なんでしょうね 今でこそ旧江戸の市中に住み闇夜など無縁の暮らしですが 田舎にいた時は音が聞こえそうなほど月がとっても明るかった記憶があります
@user-ik3ec5xg3b
2 жыл бұрын
芋名月で、収穫祭の意味合いが大きいかと 栗名月は何だったかな?
@user-gm8ew6tj2w
2 жыл бұрын
月は明るいです。 都会に居ると有難みを忘れますが、山などに居ると明るさを実感します。 夜なのに影が出来るほどですからね。
@user-fy8gw2my2v
2 жыл бұрын
どんな音?
行燈ってすごい明るいぞ。 炎が紙の繊維に乱反射して、明るくなる。
@morimaki5896
2 жыл бұрын
昔の文字は総じて大きいので、本を読むことはできそうですね。
時代劇の夜のシーン、明るすぎるということですね。
18:43 そういう方々はよく「俺は見えるから」 っておっしゃいますけど、誰もお前の視界なんざ心配しちゃいねえって毎度毎度思います
いつも、楽しみにしています。 これからも宜しくお願いします。😀
311の停電の時に、街灯のない夜の街がいかに暗いか実感した記憶があります。ちょっと気軽に外出する気にはなれません。 夜着は、掻い巻きのことなんでしょうね。 昭和までは結構見ました。っていうか今でも「かいまき布団」としてアマゾンで売ってますね。
置く場所もないけど、火事が多いから質屋の土蔵に保管してもらうほうが安全なんだよね。
明治時代の寒村も生活たいして変わらないのだから、徴兵されて3食暖かいもの食べられて毛布で寝られる軍隊生活は異次元の体験だったんだろうな
@user-ey8uu5gv8p
2 жыл бұрын
白いご飯がたらふく食べれるってのも魅力だったみたいですね。 それが脚気の原因になったそうだけど。
@user-ko3sj1gz9m
2 жыл бұрын
@@user-ey8uu5gv8p その対策で導入されたのが「麦飯」。ただしそれは大麦の処理の仕方が悪いもので、いわゆる「臭い飯」になって兵士たちからはすこぶる評判の悪いものだった。😭
@giboo7250
2 жыл бұрын
生前大正5年生まれの祖父が「子供の頃は電気なくてランプで暮らしてた」と言ってるのを聞いた大正12年生まれの祖母が「うちは電気通ってた、電気無いなんてそんなド田舎と違う」と言っててこれがジェネレーションギャップというやつか、と思いました
こりゃ火事が怖いわけだぜー
@nuruosan4398
2 жыл бұрын
古代ローマでも防火のために各家庭には台所を作らなかった おかげで飲食店がたくさん営業してたとか
当時の大きな建物では奥まった部屋など日中でも外光が届かず、それこそ真っ暗だったはず。京都の寺院でそういう暗さを再現していたことがありましたが本当に不便で、日中でも有明行燈のようなものが必要だったでしょうね。博物館の展示でも実際どうしていたのか解説されておらずもどかしいです。
@user-ik3ec5xg3b
2 жыл бұрын
たまに仏像が煤払いされて、ピカピカになるとコレじゃない感が出るのが面白いところ 金閣寺が補修されたときに、多くの人間がおもちゃみたいと思ったのも似ている
@junesunshine417
2 жыл бұрын
そう、私が通ってた幼稚園はとある京都のお寺が経営していて、園児は月に一度本堂のお参りに連れて行かれました。中が夜にように暗くて、曼荼羅が地獄絵のように見えてとても怖かったのを今でも良く覚えています。
そんだけ街灯に焚火使ってりゃ火事も多くなるわ
大正生まれの恩師に 「子供時代は夜ろうそく一本で、お客さんがくると贅沢して二本。 ろうそく一本分の明かりが1ワットだよ」と教わりました。
菜種油が安く出回るまでは夜が早いんだよね
「街灯」のない時代だもんな、銀座にガス灯が灯るのが明治も後期になってからだし
早寝早起き、夕食は軽め、魚は天然、野菜は有機栽培、移動は徒歩。 現代人と比べると、めちゃくちゃ健康的ですね。
@user-xr3bl6mb1b
2 жыл бұрын
仰せごもっとも。なれども、寄生虫に感染症、7つに育つまでの子供はすくなく、、、 で、菜種油が買えないから 夜もインターネット巡りもできず ( ´艸`)ムププ
@April-cat
2 жыл бұрын
揚げ足とり
@user-qy8ct1bf5g
2 жыл бұрын
@@April-cat そんなつもりでは・・・ないんですけどねw マジで健康的と思ったよ?
@April-cat
2 жыл бұрын
@@user-qy8ct1bf5g 1つ上の返信に言ったよ 堤内徹の 感じ悪い もろもろ、健康的だと思う。 寄生虫もメリットがあるっていう研究もあるし、寿命や死亡率の話題挙げてないのに何してやったり風なことを言ってるんだ?と思う。
@user-qy8ct1bf5g
2 жыл бұрын
@@April-cat あーなるほど。たしかに腸内細菌とか、共生関係にあるって言いますね。
田舎の夜のステイホーム飲酒と都会の夜の外出飲酒の差は本当にあるよね。最後の最後に江戸から令和に一気に戻ってきたけど、このご時世では考えさせられるなぁ。
今が生きやすい世の中だってはっきりわかんだね
捕り物で有名な「御用」の提灯の「御用」の文字は、正面に書くと前が暗くなるから左右に書いてあったって聞いたことがあります。
勉強なりました♪
あまり知られてはいませんが江戸市中は自身番や辻番方などがあり今の交番か派出所のように治安を維持していました 町人が町毎に負担したり武家が単独もしくは連名で負担していました そして木戸があるので隣町に行く事はとても面倒な事でした 特に江戸市中と江戸郊外の境界にある見附門は厳重に閉ざされるので夜間に江戸市中に入る事は出来ませんでした 江戸郊外の吉原で営業時間ギリギリまで遊ぶと浅草橋門や筋違門などからは江戸に入れず柳橋や和泉橋でこっそり江戸に入れましたがそこから自分の住む街まで何ヵ所も木戸を通らねばならなかったのです 木戸の番人に吉原帰りだと申告しチップを払って通行しました 吉原に居続け(宿泊)するのも費用が掛かるけど江戸市中に戻るにもかなりの散財が必要でした 因みに武士は外泊が禁止されているので吉原に居続ける事は不可能です、発覚すればお家断絶です
今思えば、テレビの演出は過剰なんですね
@user-ey8uu5gv8p
2 жыл бұрын
そうしないと面白くないからね。 でもそのせいで間違ったイメージが
面白かったよ!
動画ありがとうございます。うp主さんご指摘の通り都市の生活となるとやはり夜の生活が必要になってくるのだということが言えるのだなと思いました。そのために必要な明かりの類、仕事など社会の状況を学べたのはよかったと思いました。
寝る時に聞くと音楽もあってよう眠れる 動きもないしラジオみたいで丁度いい
日々の暮らしの金さえ稼げれば良いやという粋な江戸っ子も、悲しいかな、女の柔肌は忘れられない。 しかし吉原へ行く金もなく、せいぜい美人画で自分を慰める日々…って、あれ?なんだか現代日本の独身男性とあまり変わらないなあw
@user-zj1qv1yc2u
2 жыл бұрын
江戸時代 春画 現代 エロゲー ・・・・・ううっ頭が・・・・・・・
@y--sizuki
2 жыл бұрын
てか、当時の春画というか 刷絵もかなりの高価品だし、 下手すりゃ 夜鷹の方が気軽にサクッと…… でも、江戸時代の衛生状態だと性病を高確率で、貰ったんだろうなぁ‥‥日本は温帯で天然ゴムの木も生えないし 梅毒とかも不治の病だしねぇ💦
あの硬い枕で熟睡できたんだろうか…といつも思う。
@wakakochin
Жыл бұрын
私も時代劇とか大河ドラマみて思ってました😅
10:26 豪勢な食事を取っていたのは商家、大名、将軍家ではなく豪商、豪農の類ですね。 江戸や関東は全体的に食事が貧相で、全国の各地方の方が町も農村も中流層が多く大衆ですらもっと良いものを食べていました。(人口比で言うと10%以上が菜食中心にそれなりの物を食べていました) 人口密集地である江戸や京などは貧しい人間の数がかなり多かったみたいですね。
中世ヨーロッパを舞台にしたゲーム、キングダムカムでも夜の街を出歩く時は無灯火厳禁だったな
江戸時代の明かりと言えば居酒屋の掛行灯と忠臣蔵の龕灯
夜具と見て ブヒヒと思った私 なさけなし
化け猫 やっぱり元気で長生きするにゃあ DHA&EPAが豊富な魚の油に限るぜ
秋、柿。今は甘い薩摩芋。 食欲やわ~
「辻斬り」は侍が行っているのであまり悪印象なかったけどよく考えたら「通り魔」と同義ですよね。光圀公も若い頃に行っていたとか。
@hi777ro
2 жыл бұрын
>「辻斬り」は侍が行ってるのであまり悪印象無かった 恐ろしい感覚だなあ
@user-gu5kp9vl9r
2 жыл бұрын
まあ時代によっては命の重さが現代とは比較にならんぐらい軽いので、多分今で言うヤンチャして喧嘩してました〜ぐらいの感覚なんでしょうね
マニアックな話かも知れないけど、幕末には東芝の創業者の田中久重の作った無尽灯という照明もあったんだよ。
@user-bs7vo6fp8j
2 жыл бұрын
東芝は原発で転けましたねぇ😅。
村上もとか『仁』でも、先生が「夜が真っ暗だ」みたいな事いってた。そして、辻斬りに襲われる。 蛍の描写がすごい綺麗な思い出。「灯りを‼」って勝海舟の奥さんの手術するときもいってたなぁ。
昔、おじいちゃん家に丸い火鉢がありました。w
@user-zj1qv1yc2u
2 жыл бұрын
伯母がいまでも使ってますな。毎年冬場に立ち寄ったら餅とか焼いてる
@akaguroi
2 жыл бұрын
亡くなった祖母の茶道具の棚に丸火鉢がありましたね。
@user-gc7rx9ly1q
2 жыл бұрын
懐かしいです 子供の頃の良い思い出 お餅や干し芋を焼きました
@user-fy8gw2my2v
2 жыл бұрын
ウチは長火鉢あったよ
やはり平和な時代の暮らしがよくわかりますよね。 知りたいのはこれで、武将列伝ではありませんから。 武将の暮らしは1日二食でかなり簡素であまり食事も美味くはなかったとか 勿論板間に雑魚寝だった。
男女の叡知は灯の中で華やぐ、だって真っ暗だとねぇ…ナニがなんだか(笑)
ごようだごようだって今で言うパトカーや救急車のサイレンみたいなものかー
そろそろ家慶の解説をお願いします
てっきりお色気路線だと思って 動画のタイトルを最後まで読まずに すっ飛んできましたwタイトル詐欺だww
無尽燈というのが幕末、あったらしいけど
@user-dn1my3ci1n
2 жыл бұрын
万年時計を作り出した田中久重の発明品ですね。 東芝の創始者だとか。
@万卜人のオタク夜話
2 жыл бұрын
@谷干城 たにたてき?
@user-dn1my3ci1n
2 жыл бұрын
@谷干城 様 はい、若い頃 「カラクリぎえもん」の異名で呼ばれ、有名な「茶運び人形」などを制作された方ですね。
@万卜人のオタク夜話
2 жыл бұрын
@@user-dn1my3ci1n 昔、NHKでドラマになったことがあった。確か少年ドラマシリーズの一つだったような気がするけど……
ターミナルデパートは阪急百貨店が最初かな。 大食堂では、ライスにウスターソースかけただけのソースライスが大人気
提灯の御用は、公用と言う意味か(´▽`)
薄暗い照明器具しかなかったわけで怪談が生まれた理由でもありますね。
ヨギというのは、群馬では違う言い方をしました。忘れましたけど。祖母がいたので、小さい頃は、ヨギをかけて寝てました。
@1tu8193
2 жыл бұрын
かいまきですかね? 東はかいまき、西は布団だったとどこかで読んだ覚えがあります。 群馬県出身の父はかいまきを長いこと使っていました。
@user-dl1ew6uk8r
2 жыл бұрын
@@1tu8193 多分…
@Maria-dj3uu
2 жыл бұрын
寒さに弱い私は冬場かいまき手放せません笑
たまには江戸だけでなく他の地域の江戸時代をやってほしいかな
ヘッドライトあんだから気を付けないと前方不注意で車に過失
今は田舎は真っ暗ではありません。誰も通らなくても街灯が点いています。
かいまき?って普通に使ってなかった?長~い半纏みたいな掛け布団
そうか~。良くドラマで見る夜にやってるそば屋なんてなかったんだね(笑)そば屋ごときでは灯り代にもならない!でも冬は凄く寒かったんじゃないのかな?火鉢があっても掛け布団が無いんだから、コタツにしてもムシロをかけても大して暖かくはなかっただろうね。板張りの床だから畳と違って温もりもない!まさか藁が布団代わりとか、凄いな。その藁も買って来ないとないし。平安時代もそうだったんだろうね。まさか布団が出来たのが結構近年なんて、畳もそうだし。どんだけ文化遅かったのか!
@rika8290
2 жыл бұрын
藁の入った掛け布団があったようですよ。藁を打って(専用の打具で繊維をほぐす)梳いて細い繊維状にしたものを綿の代わりに詰めるそうです。戦後も残ってたようで農家は雨の日は藁布団を打ち直したって聞きます。聞いた話ですが綿の布団並に暖かかったそうです。色々な文献見るとどうやら江戸時代にはあったようですよ。
質屋を利用して春夏秋冬やり過ごすのはエロゲで知った もちろん忠〇蔵
大変面白いのですが、プリコネのシナリオ並みに「ともあれ」が連発されてて気になってしまった
オープニングがNHKラヂオチックなのがいいね。