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【カラー化】昭和4年の日常風景(買い物) 1929年
95年前でも日常言葉は今と変わりません。
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1:15 買い物がすんでも売り場を離れない子に
「早くいらっしゃい」と声をかけて、いったん店に戻っています。
→それに対して店員が「いいですか?」と呼びかけています。
※動画の、店主の髪型(ツーブロック)は、この当時の若い頃の昭和天皇の髪型と似ています。
※お店の上にある、丸い紙風船のようなものは、フグのお腹です。
#歴史
#戦前
#カラー化
Пікірлер: 415
言葉使いが本当に上品ですね。
@flashnewlight1075
Ай бұрын
中流より上の人たちですからね。
今ではすっかり聞かれなくなった下駄の音が心地良いです。
@kira2u.k868
Ай бұрын
下駄のカランコロン♫ 鈴の音…木で出来ている 天然素材おもちゃ… 浴衣、唐傘が 涼しげですよねー😊
当時の動画は沢山あるけれど音声も入ってるものはほとんど見たことないので凄いです 本当に貴重ですね
おもちゃを3つすぐに買ったり、きっと裕福なご家族なんだろうなという印象。
この映像の昭和4年(1929年)と60年後バブル全盛期にボディコンミニスカのお姉さんが踊り狂っていた昭和64年(1989年)が 同じ天皇陛下だったのが信じられない。
@善悪の基準は人それぞれ
Ай бұрын
そうやって考えると面白いと言うか、不思議な感じがしますね....。
@Ouiu350
Ай бұрын
60年以上天皇やってるのが凄いわ
@user-ey5pv8xi7f
Ай бұрын
WW2直後の復興期から福祉国家への転換、アルゼンチンとの戦争を経て最終的にIT革命とコロナパンデミックまでをも見届けた国母が某島国にいらっしゃいますね 実に70年の御代
@rockaor1090
Ай бұрын
祖母が昭和4年(1929年)に産まれまして孫の私が平成元年(1989年)に生まれました。 祖母も今年で95歳になります。そう考えるとここに映し出されてる子供でさえ100歳に近いということになりますね。 田舎ではまだまだ着物が普段着だったこの時代。 見た目からしても日本人らしさがまだまだ残っている良い時代でしたね。
@user-cw7hj1sr5v
Ай бұрын
目まぐるしい日本の発展ですね~😊
音が入ると臨場感がある。
@user-eb9mz6hm7f
27 күн бұрын
「こち亀」の大原部長も朝市でよっぽどめずらしがっていたのか、レアな映像だったんだよな…
戦争がなかったら、こんな日常が今も続いていたかもしれませんね。
@user-li8lv4ik8s
Ай бұрын
その通りです。GHQに何もかも壊された。そして成り済まし達にも。
@user-nd6sr9ko6m
Ай бұрын
だな 16年後に焼け野、そして原爆 この家族も生き延びたか? それでも今誰もいないか
@user-yp7wl1wj7h
Ай бұрын
間違いなく、真日本人だけが国を動かす国家だった。
@chirokazama4558
Ай бұрын
徴兵制は続いていたね
@sato19730116
Ай бұрын
@@user-li8lv4ik8s 「自由」と称して守るべきモラルとかも欧米列強にぶち壊されてしまいましたね。
「貝のラッパ吹けますよ」から実際に吹くまでのスムーズさに驚いた。ほんと素直な人。 品があって平和でいいですねー。
@mocomoco6830
Ай бұрын
今だったら、商品に口つけちゃった!😳ってなるよね。 おおらかな時代だ
@user-up3mj4oe5w
Ай бұрын
川⚪︎たかし市長とかも当時だったらメダル🥇噛んでも炎上🔥しなさそう
@user-oj9is6th6q
Ай бұрын
ラッパ吹いて口つけたら買わないといけないでしょうね。
@user-my2qx4zj1b
9 күн бұрын
@@user-oj9is6th6qそのラッパ🎺になりたい。😂
こういうの観ると どこかにこの貝のラッパ買ってもらってる子供それ私! っていう高齢のおばあちゃん、 まだどこかで生きてないかなと淡い期待を 抱いてしまうんだよなぁ。
@HEATEP789
Ай бұрын
生きてても100歳くらいだからな。
@user-ps8qy7bc7o
Ай бұрын
お会いしたいですねーこの綺麗なお母さんもきちっとした身なりのお店の人ももう、ご在命じゃ無いと思うと😢なんか寂しいですねぇー
@japanesewatchresearch
2 күн бұрын
ワシは昔ラッパをかってもらった記憶があるじゃよ たしかあの時後ろの方でキャメラが撮影しておったをおぼえているじゃよ
どこぞの裕福な家族だんらんのひと時ですね、お子様のジャノメ傘がなんとも言えんね‼️
現代とほぼ一緒。決定的な違いは日本人としての心持ち。
流行が何周回ったのか分からないけどもお店のお兄さんの髪型が現代的
@ryan-arts-favorite
Ай бұрын
ツーブロックですものね(^^; おかあさまの美しい傘と着物、三編みのスタイルも最高です スタジオアリスのモデルになりそうです🖖✨
@user-tr1bg4ih4j
Ай бұрын
昔からある髪型なのに生意気だと地味で冴えない教師共は嫌いブラック校則と言われるのですね😂
@user-gq1kd7po3f
26 күн бұрын
ツーブロックというか、震災カットですね。
亡くなった父が生まれた年です。こんな日常だったんですね。 お母さん即決すばらしいw
@user-nd6sr9ko6m
Ай бұрын
亡き祖母が中学生かな こんな時代だったんだ
100年近く前!なのに言葉が今と変わらず親近感がわきます。しかしこれから大変な時代になっていくことを思うと....
@user-lg4gn4di4u
Ай бұрын
10年以上経ったら第二次世界大戦勃発
@ryan-arts-favorite
Ай бұрын
渋沢栄一が銀行や郵便局、保育所などを次々と設立して、豊かになってきた時代ですよね・・! 政治の中核がなぜ暴走したんでしょうかね😢
@user-ri3nc9zp4v
Ай бұрын
200年前も今と変わりません
@takuyaendo4748
Ай бұрын
90年代のテレビ番組よりも喋り方が現代に近いのが驚きなんだが
「50銭」という単語がなければ、現代の浴衣着た若奥様と子供と店員の風景にも見える😉
@HEATEP789
Ай бұрын
若奥様ではないと思うけどな、ちらと映った顔をみても10代後半に見えるし、年の離れた姉かお手伝いさんか。
@user-py4ii1od5k
Ай бұрын
女性の着物に肩上げしてあるので、少し年上のお姉さんでしょうか。亡き祖母が、肩上げのない着物は大人になった印だと言ってました。 若奥様に見えるのも不思議ではないかも。戦前は15や16で結婚する女性も少なくなかったようです。
@user-oj9is6th6q
Ай бұрын
昭和4年だと15歳での結婚は多々ありましたよ(赤とんぼの歌からも) 着物の色、柄からも年の離れた姉か若奥様でしょう。 お店の男性も丁寧な言葉遣いですね。 余裕のある幸せなご家庭のようで平和ですよね❤
最後に「さようなら」って挨拶をするのがいいですね。
この時代に等速で音声付きの動画があるのには驚き
@KayN61
Ай бұрын
恐らく海外が撮影した日本の記録映像(多分やや演出あり)でしょうね 当時目新しかったトーキーですねぇ
@gunsoviva1633
Ай бұрын
あるわけ無いんだよなあ😅
@user-mq2jp1hf1m
Ай бұрын
@@gunsoviva1633 知識がない人が多くてすごいです。笑 本当の音声な訳ないでしょうよ、と😅 音声付きの映像、 ある訳ないんですよね😂 そう分かってる方がいて安心しました😂
@KayN61
Ай бұрын
@@user-cd2vt3tj3e マジレスで恐縮ですが、トーキーが本格的に導入されたのが1926-7年頃 昭和初期ならギリありますね
@user-ev4xv8xu5g
Ай бұрын
あの、嘘とか言ってる人達、この時代の日本には珍しいですが、ちゃんと音声付きの撮影技術は存在しています。既にアメリカではトーキー映画が公開されています。外国人が映像を撮ることはよくある事ですし、ちゃんと調べてから物言いませんか?
この時代の映画を見ても「こんにちは」「さよなら」がよく出てくるけど、どれも上品に感じる。
@yoshitsuguoda5046
16 күн бұрын
戦前の山の手言葉は実に奥ゆかしいですね。
三つ編みの女性が現代にいてもおかしくないように見える。 髪がすごく綺麗だし、横顔も美人。 お店のおじさんの髪型も素敵。 子供だけは流石に今の子とは違うね😅
カラーになった途端に親近感が湧いた。 また、言葉遣いや身だしなみが上品な事! 戦争が起こる前の日常は、私たち現代と変わらない。何が思想を変えたのか? 現代の情勢とリンクするものがある。
@jimo1966
Ай бұрын
これ本当に1929年? 祖父はこの2年後に生まれてますがイナゴを捕まえて食ってたらしいし聞いてた話とかけ離れるほど近代的に見えるのですが
@user-cz8sm6gu7z
Ай бұрын
@@jimo1966当時は今より貧富の差が激しく、これは恐らく都会の裕福な家庭の人達です。 また、あなたのおじい様が生まれたときは丁度世界恐慌が起こり、物心ついた時には戦争が始まったりと丁度日本自体が貧しくなって行った頃だと思われます。 20歳くらいまでは苦しい思いをされたかもしれませんね。
@user-ev4xv8xu5g
Ай бұрын
@@jimo1966 貧富の差を知らないのですか?お金持ちの人なんか明治にはもう洋食食べてますし、この頃には東京などの都市部では電飾ギラギラです。 この映像が撮られた場所はそれなりに発展している所では?
@icpor5675
Күн бұрын
今聞くと上品に聞こえるけど、当時からしてみればこれでも相当フランクと言うかイマドキな話し方なんじゃないかな
@user-nx6dy6cp6j
Күн бұрын
@@icpor5675 なるほど🧐!
この映像を撮影していた人、すごいなあ。 ちなみに、1929年は、世界恐慌がアメリカで発生しました。
日本は穏やかな国でしたね。 父は5年生まれ。こんな幸せな幼少期をおくったんだな。
昭和初期の映画を観ると、あまりにも言葉が上品で違和感が有り、そういう「現実離れした演出」と思っていたが、この貴重な動画により「当時としては当たり前の言葉」だと知った。
@user-hd2mx6tn3i
Ай бұрын
そんなに違う?聞いていてそうは思わなかった。普通の店員と客との会話としか。
@lou364
Ай бұрын
@@user-hd2mx6tn3i いやいや全然違うよ、とくに女性の方 「こんにちは」「さようなら」の発音?抑揚?が昭和の映画で見た話し方と一緒 今こんな話し方する女性はいない
@user-gx3oo2nq9u
Ай бұрын
@@user-es7oq5in6t 定食屋とかそば屋に入る時、普通に「こんにちわ~」っていうけど? 店を出る時も、「どうも、さようなら~」とか言うよねえ。特に、店主や店員が顔見知りならば。
@takananoonaka
Ай бұрын
@@user-gx3oo2nq9u言わねえよ草 さようならなんてほぼ死語 それじゃまたーとかお疲れ様ですばっか
@user-mx2mj7xh3s
Ай бұрын
今の時代は言葉が汚くなったんですね
これは素晴らしい。 カラーといい、音声といい 当時の様子がよくわかります。 もっとありましたら、お願いします。
わあ❤ 素敵な世界~。カラーでみられるなんて眼福です。
カラーにすると、こんなに色とりどり鮮やかな世界だったんだな〜白黒の世界も。
とても100年近く前のやり取りとは思えない!若い母親も現代人のような見た目だと感じる。
@glamsan
Ай бұрын
😊僕も同じ事を感じました。服装が洋服ではなく和服というだけでその他のルックスや雰囲気は母親と子供達、お店のご主人の皆様は今の日本人と差ほど変わらないように思いました。😊日本人は昔も今もやはり日本人で安心もしました。
この後の事はさておき こういう時代が1番いいのかもしれませんね。
何か、物のよさそうなおもちゃが一杯。今でも売れそうな気がする。
きれいなお母さんですね!
髪綺麗
鉄砲もラッパも一番楽しんでるお姉さんw
@user-gw5pz4zs7g
Ай бұрын
お母さんだと思いますよ。
@user-xe1ss3ey2n
Ай бұрын
若いお母さんよね まだ20代前半かな?
@XARIXXFCY
Ай бұрын
明治40年くらいの生まれかな。 明治の良き母といった感じで微笑ましい。 昭和がどんどん遠くなるね…。
@user-py4ii1od5k
Ай бұрын
着物に肩上げしてるのでお姉さんですね。亡き祖父母が、肩上げの無い着物は大人になった印だと言ってました。 現代の京都の舞妓さんの着物にも肩上げついてます。芸姑さんになると1人前だから肩上げの無い着物になりますと言うイベント動画を見たことがあります。
@user-xe1ss3ey2n
Ай бұрын
@@user-py4ii1od5k 肩上げしてますね…!気づかなかった… ということは10代半ばくらい…⁉️大人びてるなぁ
なんか泣けてきた
この時代へ行ってみたい
女の子の髪型が二人ともワカメちゃんでかわいい。作者さんの年齢的にサザエさんて当初はこの頃が舞台だったのかなあ
@saori6060
Ай бұрын
原作が描いていたのは「昭和二十年代から四十年代の日本」ですから、もう少し先ですね💡 フネさんの子ども時代もワカメちゃんヘアだったのかも。
江戸時代に日本に訪れた外国人たちは皆総じて日本の子どもたちが自由に伸び伸びしていることに驚いたそうな。今は留学生が国の宝と言われる時代ですが、昔の日本人たちの子供への愛情は本当に深いものだったんですね。
正に12年前に亡くなった父が生れた年です。この映像のお母さんは一見お姉さんかと思うくらい若そうですが、うちの祖母も父を産んだのが18歳の時なので 当時は20歳前後の若いお母さんは珍しくなかったんでしょうね。
買い物そのものより、 0:31の喋ってる途中に人の持っているものをパって取ったり、0:49の買ってもいない商品に口をつけて吹いたりしている光景に現代との価値観の違いで驚いた。別にこの人が非常識なのではなく、きっと「こういう距離感」が当たり前だったのだと思う。 今の高齢者もたまに唾でページを捲ったりする光景が見られるけれども、このような小さな所作ですら100年で大きく変わるということがよく分かる。
まるで夢をみているような不思議な気持ちになります
言葉が綺麗…今の日本じゃほとんど見られなくなったなぁ
傘が綺麗
こうしてみるとスマホやインターネットなどで便利になったけど人間の生活の本質的な部分は全然変わってないんだなって思った。2千年前の古代ローマも深夜にやってるバーがあってお酒飲んだり、公共浴場があったり公園があったり水道整備もされてたってことで驚いたけど、2千年前に何もなかった時代と勝手に思い込んでただけで2千年前も95年前もあまり本質的なところは全然変わってないのかもしれないね。
うちのばあちゃん昭和3年生まれやった😂若くてきれいなお母さんに連れてきて貰ってたのかな?涙が出ます😂ありがとう😂
これは当時のどこの街なのでしょうか。 この平和な日常風景が僅か15〜6年後には焦土になるとか想像するのも苦しくなります。 この人たちがあの時代を無事に乗り越えたと信じるしかありません。
@fukudama0721da
Ай бұрын
わかる 店主は南方辺りに駆り出されてそう
@user-me4rr4rf9n
Ай бұрын
店主もお子さんらのお父さんも 国に駆り出されまして 後々の日本「知らんわ」→ 戦後は音信不通で…(涙)
95年前ですか。この四名の方はもういないんだろうな、感慨深い。
@user-dk4sw8gp5q
25 күн бұрын
子供はまだ生きてるでしょ
@Deutcshesmilitarliedchannel
24 күн бұрын
@@user-dk4sw8gp5q生きてたら100歳越えか
美しい。服装といい、言葉遣いといい、持ち物といい。
鈴のなるおもちゃ綺麗。 上品な優しい雰囲気が漂ってる
懐かしいです♪素晴らしい映像ありがとうございます😊
97歳のおばあちゃんが2歳の時だ〜
@ankn2484
Ай бұрын
いつまでもおげんきで☺️
@user-ut6tx3jw4l
Ай бұрын
僕の父方おばあちゃんが生まれた年、3月8日生まれなので昭和3年度生で現在95歳、今でも元気😊
@aimi369
Ай бұрын
そう考えると、尚更すごいですね…✨
@tatsuike4310
Ай бұрын
私の祖母も同じく昭和2年生まれの97歳で、この映像の時は2歳ですね。ちなみに私の娘が、今2歳です。
みんな言葉遣いが丁寧だなあ❤
綺麗な奥さんだね
100年が経とうとしているものの、ちゃんと言葉が理解できる。現代語として今も聞き取りできる、てなんか凄いことだなーと。
笛を躊躇なく口つけて試すのが、現代ではないだろうなと思いました
「さようなら」って日常生活の中で使われてたんだなぁ。今はあまり言わないイメージ。
ノイズもなく音声が綺麗に残ってるのが凄い
下駄の音もいいですね♪
この時代より豊かになったかもしれないが、日本人の心は寂しくなってるよ😢
音声付きの上にカラーでこの写りは凄過ぎる。
@Deutcshesmilitarliedchannel
24 күн бұрын
色は後付けね
おもちゃ3個で50銭というのが気になって、この動画に一番近い昭和2年の貨幣価値が見つかったんですが 現在の貨幣価値で383円との事でした。思いの外良心的な価格でした。
@user-se6tb1jh1v
Ай бұрын
100均でおもちゃを買う、位の値段だったんですね。
@Nagisuke08
Ай бұрын
私も当時の貨幣価値が分からず、50銭は幾らか?と思っていました👛 今の価格に直して考えると、今だと高価な買い物ではないですが、当時だと高価だったり!? 着てる物や傘見るとお金持ちそうな感じですが、どうでしょうか?
@nh3203
24 күн бұрын
色々な職業の人が本業が暇な時に副業で作っていたから安かったんだと聞いたことがある。でも、本業のほうで一級の職人だったり、何十年も作り続けている人の手による物が少なからずあって、現代人が見たら「こんな値段でいいの?」というレベルだったと思う。この事は幕末に日本に来た外国人も驚いて記録に残している。
傘がレインボーロードみたいで綺麗
今日病院で 昭和6年生まれのおじいちゃんと話したんだが 全然ボケてないし、自転車乗って帰って行ったんだよ🙄! この時代に生まれたんだって思ったら凄い!! ほんとに大変な時代を生きてこられた方だと思ったら尊敬する 長生きしてねあのおじいちゃん
@user-bq5wq7rm3j
Күн бұрын
この世界は悲劇な世界だと思う。いくら長生きしても誰でも最後の結局は死ぬに間違いない
この頃、既に銀座線(浅草〜上野)は開通してたんだよな。
おもちゃ屋さんだろうか?店先や品物にも風情が感じられる。
言葉使いや仕草、人とのふれあいに品があって美しい。
あと5年でこれ(昭和)が100年前になるとか嘘やろ 未だに100年前っていったら明治時代くらいのイメージしかない
@user-hd2mx6tn3i
Ай бұрын
わかる。未だに2001年て耳にすると近未来に感じる。
@fukudama0721da
Ай бұрын
わかるけどわかったらジジイなんだよなぁ
まだ買いますとも言ってないのに、お店の男性からラッパを素早くひったくるようにとり吹く行為には驚きました(笑) 当時の買い物のやり取りでは、当たり前なのでしょうね。 お店の男性も怒りもせず当たり前かのような穏やかな表情です。 吹き終わったお母さんの、これください、の言葉が、のどかで癒されました❤
クルクル回る日傘が美し過ぎて何度もリピート♡
昭和四年、私の両親も産まれてません。祖父母がこの若いお母様ぐらいの年齢だったのかな?とても裕福そう、言葉も綺麗ですね😊素敵な動画ありがとうございます。
今は亡き昭和6年生まれの父と7年生まれの母が、まだ生まれていない時代を見て、感慨深いものがありました。 有り難う御座いました。
音は後付けだという人がいますが、音ズレが無さすぎる上に、 演技としてはリアルすぎます。また他の1929年の音声入りの動画には、切り替えの音まで入っているので、この動画の音も当時の音だと思います。 日本の映画としては確かに1931年が初めてのトーキー映画ですが、1929年に 短い動画として撮られたものがあっても不思議ではありません。 我々が思っているよりも 当時の技術は進んでいますから。 ※追記 当時の最先端で、ムービートーンカメラというものが開発されていたそうですね。 映像と音声の同時収録が可能だったようです。
@TF-km2vl
9 күн бұрын
声の遠近感、手前の子の鼻歌、子どもに手渡した鉄砲のおもちゃの3発目の力の抜けた音、すべてがリアルで自然体ですね。後付けなら、画面外でぐずっている他の子どもの音声など入れないでしょうし。 逆に後付けなら、ここまで自然なアフレコができるのはそれはそれですごい技術です。
とても魅力的な風景ですね。 そして令和でもこの様な日常は健在しています。
すげー 音付きだ!
昭和2年の頃の1円=現代の636円 に換算されるみたいだけれど、 昭和初期の小学校教諭の初任給が50円だったので、 50銭のおもちゃを躊躇なくポンと買えるこの家庭は比較的裕福だったのでは。
のんびりしていていい感じですほのぼの
100年近く経ってるのに話し方は現代とほとんど変わらないんだな〜
滲み出るさらっとした品と言葉遣いは見習いたいなぁ
30年40年前、当時子供だった昭和~平成初期辺り、まさしく当時の高齢者であった方々の話し方喋り方だ。この映像で、その先人たちの若い頃はこうだったのだろうかと思った。
下駄の音が心地良いですね。時がゆっくり流れてる感じがしますね☺️☺️
東京の下町でしょうか?銀座、日本橋? 言葉が上品ですね。 各地方の言葉も大事に残してほしかった。各地の昭和初期の方言も聞いてみたいものです😊
この年に生まれた95歳の大叔父は今も普通にご飯作ったりテレビ見たり世間話したりしてます 人間の生命力はすごいですね
この頃の人は 立ち居振る舞い 言葉遣い 和室での振る舞い 所作 上品で優雅でした。特に士族のご家族 御殿勤めを経験したご婦人の優雅さといったら 和の文化そのものでした。現代は自由 平等と引き換えに 美しい 日本の伝統文化を失ってしまいました。
「貝のラッパ吹けますよ」と言われてすぐに吹いてみる。 今なら商品に口をつけて非常識とか汚いとか言われそうだけど、ある意味普通の流れですよね。 こういう素直さを今の日本では失ってしまったのかもしれない。
@user-cg2eh1et2p
Ай бұрын
細かい揚げ足取りが増えましたからね
@kf-pf4yh
Ай бұрын
今の日本人は日本の良き伝統や文化を捨てている気がします。ましてやハロウィンなど日本では違和感としか言いようがありません。
@user-dp4ro3sg2h
17 күн бұрын
キレイなお姉さんだけは許されるから(*´▽`*)
下駄の音を聴くとなんか懐かしい気持ちになるな。下駄なんか履かないのに
👏😀👏😀👏😀👏 素晴らしいですね
昭和4年で音声付きの映像あるんですか?! 初めて観ました。 音も画もとても綺麗。
裕福なご家庭にしか成し得ない生活 てますよねー
カラー化&アフレコですごく臨場感がでますね。
@user-mc8sd6qt3t
21 күн бұрын
これはアフレコではなく当時の音そのままだと思います。
@ogikubo15
21 күн бұрын
@@user-mc8sd6qt3tフィルム撮影に音を入れるというのは、現在のようにスマホで音声入り動画が当たり前のように録れてしまう世の中からは想像できないほど高度な技術で、8mmフィルムに音声が入れられるサウンドフィルムが出始めたのは1970年代のようです。自分は50代ですが、8mmと言えば無音と言うのか常識でした。商業映画でも昭和一桁時代は無声映画でスクリーン横にナレーター兼声優の「弁士」が立って演じるのが普通。ようやくアフレコで音声の入った「トーキー」(音入り映画)が日本で初めて作られるのが昭和6年ですからね。 アフレコなのは確実です。それも現代になって付けられた音声でしょう。
@user-mc8sd6qt3t
18 күн бұрын
@@ogikubo15 トーキーの技術は1929年に海外ではありました。 映画として作られなくても短い動画として撮られていても何の不思議もありません。音のズレがなさすぎて アフレコと言われた方が違和感ありです。
日本人って美しい
一瞬現代の役者が再現してるのかと思った
ユーチューブってすごいね ありがとうございます 昭和4年の空気を感じられるのって夢みたいです
不思議な気持ちですね。祖父母の時代なんだと思うと、この映像の若いお母様の年齢が私のおばちゃんの年齢かと思うと、この時代にまだ、私の両親は産まれてません。小さな女の子達もお母様ももう鬼籍に入れてるんですね。どんな人生を送られたのかな?😢
まだまだ江戸時代生まれがわんさかいた時代か。坂本龍馬とか近藤勇世代が生きていてもおかしくない時代。切腹の文化も根強かった。
戦前の日本だ…。 日本がまだ本当の日本だった頃の日本…。 これから戦争へと突き進んで行くんだな…。
やっぱり日本の心を取り戻すには日本の装いってものが大切な気がしてくるな。着物ゆえの所作がね。しかし単衣の着流しですら夏を過ごすにはちと暑すぎるぞ現代。
華やかで幸せそうでこのまま豊かな日本に繋がりそうなのに。待っているのは徴兵や大空襲などの地獄。どうなるか分からない物だと改めて怖くなりました。
かなりお金持ちの家族連れですね!
東京かな? やっぱり、このゆったりとした雰囲気がいいね。 今の日本には無い雰囲気だわ。 みんな着物というのもいい。
綺麗な服装、品があって良いなぁ。🎌
日常会話、所作、100年前と大きな違いないですね。この動画の幼な子がまだご存命だといいですね。
どうやって音声とっていたのかな???この頃の音声初めて聞きました!!