花街ノスタルジア・岩手県「宮古鍬ケ崎」遊里跡を歩く

数年前にアップした動画を焼き直し2本を1本に纏めてみました。
情報は震災前の2010年に初めて岩手県宮古鍬ケ崎訪れ、2018年に再訪したものです。
参考文献
月刊みやこわが町
音楽素材提供:KZreadオーディオ ライブラリ
「Jack in the Box - Silent Partner」
音楽素材提供:DOVA-SYNDROME
dova-s.jp/
「the_falls」
ストリートビュー(宮古鍬ヶ崎)
goo.gl/maps/f5kXxG1AHGP2
ストリートビュー(旭屋と思われる建物は2015年現存してます)
goo.gl/maps/f5kXxG1AHGP2
宜しければチャンネル登録お願いします。
→u0u1.net/IiXB

Пікірлер: 2

  • @user-tz6ck8zn4c
    @user-tz6ck8zn4c2 жыл бұрын

    懐かしく拝見しました。 旭屋(旭亭)は、木造3階建ての中庭のある元料亭で、久保歯科医院の建っているところにあり、歯科医院の駐車場のところに木造の3階建てが建っていました。 木造の3階は北側に24畳の広間と、南側に30畳の大広間がありました。2階は6つの小部屋に分かれており、おおよそですが4畳半1室、6畳1室、8畳3室、そして作業場のような3畳ほどの小部屋がありました。 1階から2階に上がるときは広い階段があり、北から南に向かって12段の階段がありました。2階に着くと目の前には12畳ほどの板の間のホールがあり、 西側に6畳1室、東側に8畳2室、北側に6畳1室と4畳半1室、その2室の手前に3畳ほどの作業場と3階に向かう手摺りのついた階段がありました。 2階から3階に上がるときは、その手すりのついた階段を北側に向かって6段、踊り場があって直角に曲がって西に向かって8段の階段を登ると踊り場がまたあって、北側に浄水場が中2階の位置にあり、南側(浄水場と反対側)に向かっては7段の階段がありました。その階段を登りきると正面に南側の30畳大広間、 左手東側に24畳の広間がありました。 広間の窓は縦長で、昔の国鉄の車両の窓のように下から上に向かって持ち上げるようにして窓が開けられました。窓は東側にも南側にも5箇所ずつあったと記憶しています。 歯科医院は平成4年から開業していますが、その際に木造3階建てを取り壊し、駐車場6台分のスペースを確保したものでした。 その前は、昭和33年から昭和52年9月まで宮古で最初の整形外科医院がありました。当時は手術も行い、入院も25床ほどありました。 昭和40年に旭亭の奥座敷、離れ、中庭を取り壊し、その場に昭和41年、鉄筋2階建(現在の歯科医院の建物)を建て、木造の3階建ての建物は1階は整形外科医院の看護師詰所や事務室に使っていました。 昭和33年より前は、一時期、国鉄の寮に使っていたと伝え聞いています。 上の山のお寺に登っていく道端から南側に役5m、西側に井戸があったことを覚えています。 (記;昭和34年〜昭和49年まで幼少期をここで過ごした歯科医院の院長)

  • @furo1010

    @furo1010

    2 жыл бұрын

    ご覧いただきありがとうございます。 2度目の訪れ2018年は室蘭からフェリーで宮古就航直後でしたが現在は撤退。木造三階建てが立ち並ぶ参道、かつては賑わっていたのでしょうね。

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